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11話 タコさん、精霊と話す

 アレサンドラの話によれば、この世界に生きるものは誰もが魔力を持っているらしい。

 知能の低い動物の中にも、魔法で炎や電撃を飛ばすもの、明らかに飛べるほどの大きさが無い翼で空を飛ぶもの、小さな体でもすさまじい筋力を発するものなどがいる。

 そういったものは魔獣と呼ばれるそうだ。


 そして、魔族とは魔法を使うことに長けた、人間に似た種族のことである。

 狭義では『魔族』という種族であり、人間の姿に角や羽の生えた者たちの事を呼ぶ。

 だが、その魔族が獣人やオーガなどの亜人を支配してるため、今ではそれらを一括りで『魔族』と呼んでいる。


 それで、人間はどうかというと、魔力はあるのだが魔法を使うのが苦手な種族なのだ。

 使えるのはせいぜい自分の肉体を強化することくらいで、魔法に熟練した魔族にはとても敵わない。

 だが、人間の中にも高度な魔法を使えるものもいる。それが魔術師と精霊使いである。


 まず、魔術師とは何か。

 どうやら、はるか昔に滅んだ王国に、人間でありながら魔法に精通した集団がいたらしい。

 彼らがどうやってそれらの技術を得たのかは不明であるが、彼らの血を引くものの中には魔法の才能に目覚めるものがいる。


 と言っても、今では誰が血族であるかなど、血が広まりすぎて分かっていない。そのため、時折生まれる魔法の扱いに長けた人間が、魔術師と呼ばれるようになった。

 例えば、ここに居るヴォルペがその一人である。


 そうアレサンドラに説明されていたのだが、当のヴォルペはいまだに周りの施設が気になるのか、周囲をきょろきょろ見回していた。

 やっと自分に視線が集まっていることに気が付くと、顔を真っ赤にして悲鳴を上げる。そして、呼吸を落ち着かせると説明を引き継いだ。


 さて、魔術師として生まれたものがすぐに魔法を使えるのかというと、そうではない。

 結局の所、魔法を扱うには勉強や修行が必要である。しかし、その中で一番困難なのが教師を見つけることだ。


 そもそも、魔術師が生まれる確率が数千人に一人といったものであり、絶対数が少ない。さらに、田舎の農村などで生まれ、魔術師であることを知らずに一生を終える者もいる。

 小国などでは魔術師だと判明しても適切な教育を受けさせることができないため、他国へ売り払われることすらあるという。


「えとえと、ナスキアクアには運よく高齢の魔術師がおりましたので、私はその方から指導を受けました。後は、書物などから独学で勉強ですね」

「ほへー、ヴォルペちゃんって頑張ったのねぇ」

 タコは感心してヴォルペを褒める。しかし、彼女は恐縮して未だに赤い顔の前で両手をワタワタと振るい、必死になって否定し始めた。


「そそそ、それに、魔術師と言ってもその能力はピンキリですよ。私なんかは光と闇を操作する魔法が少し使えるくらいで……」

「そんなことないわ、夜の森の中を踏破して逃げることが出来たのは、あなたが闇を見通す魔法を使ってくれたおかげよ」

 アレサンドラはヴォルペの頭を優しくなでる。恐らく年齢はヴォルペの方が上なのだろうが、彼女はそれに慣れているようで幸せそうにその手を受け入れていた。

 その様子にタコが眼福を得ていると、そっちの方には興味が無いレインが話を促す。


「なるほどね、それなら精霊は?」

「精霊とは、この世界と重なってはいますが、それでも違う世界に住まうと言われている存在です。彼らと契約することで、人間でも高度な魔法を使うことが出来るのです」

 そして、アレサンドラは自分の右手の甲をタコたちに見えるように持ち上げる。そこには横一線の刻印が刻まれていた。


「まず、契約は相性の良い存在としか出来ません。また、契約にはその存在ごとに定まった方法があり、証としてこのような刻印が施されます。私は一画の横線ですが、精霊の格と本人の修練により、画数は増えていきます」

 彼女は愛おしそうにその刻印を撫でる。刻印自体はただの刺青のようにも見えるが、魔法の力が宿っているようだ。

 試しにタコが魔力を可視化する魔法を使ってみれば、マジックアイテムと同じような反応を示していた。


「それに、私の国に伝わるのはウンディーネと呼ばれる水の精霊と契約する方法だけですが、他の国では『神』『天使』『悪魔』といった存在と契約することもありますね。例えば、神や天使との契約しか認めない宗教国家、聖スプレンドルの教皇は至高神と契約しており、五画の刻印を持つといわれています」

 画数の増えた刻印は最終的に五芒星の形をとる。ただし、国一番の精霊使いと言われていたアレサンドラの父でさえ三画であり、それ以上の刻印を持つ者は多くない。


「それじゃ、試しにウンディーネちゃんを顕現させてもらえない? あ、でもすごく疲れるんだっけ?」

「なら、これを使ったらどうかしら」

 レインはインベントリから水色がかった透明な腕輪を取り出す。オリハルコンでできたそれは魔法で強化されており、装備者の魔力や最大MP、最大SPを増加させる効果がある。

 言われるがままにアレサンドラがそれを腕にはめると、不思議な力が体中に浸透していくのを感じた。奇妙な感覚に戸惑いながらも精霊の顕現を行う。


「『精霊ウンディーネよ、我の願い聞き届け、その身を顕現させたまえ』」

 その瞬間、彼女の刻印から眩い光がほとばしった。これは、彼女の父が精霊を顕現させたときに近い。さらに、手の甲が焼けるように熱さを発している。

 アレサンドラがそちらに目を向ければ、刻印が三角に増えていることに気が付いた。


「あれ、お姉ちゃん、ずいぶんとエネルギーが多く……ぴぎゃー!?」

 顕現されたウンディーネも以前より成長しており、アレサンドラと同い年くらいになっていた。だが、当のウンディーネはタコに気づいた瞬間、またしても情けない声を上げて隠れてしまう。

 涙目のウンディーネをアレサンドラがなだめつつも、その横でタコやレインは興味深そうにその姿を観察している。


「あら? 前よりもずいぶんと美人さんになったわね。やっぱり魔力やMPで変わるのかしら? ほらほら、怖がらなくていいのよー。タコさんは怖い神様じゃないわよー」

「ふむ、なかなか興味深いわ。それに、『召喚』ではなく『顕現』ということは、いつも一緒にいる? これが『同じだけど違う世界』という事かしら?」

 タコがウンディーネをなだめる横で、レインはまじまじと彼女を眺めている。

 しばらくすればタコにも慣れたようで、シナモンが飲み物を用意するとストローからゆっくりと飲み始めた。どうやら、顕現すると普通の生物と同じように行動できるようだ。


「ウンディーネちゃん、少し聞いていいかしら」

「は、はい、なんでごじゃりましょう」

 それでもタコに話しかけられればビクッとした後に姿勢を正す。その様子にタコが苦笑していると、レインが話を進めた。


「あなたたちはなんで人間と契約するの? どんなメリットがあるの?」

「えっとですね。精霊はこの世界と重なった別の世界にいるというのはいいですよね? この世界から精霊がほとんど見えないように、精霊からもこちらの世界はほとんど見えないんです」

 ウンディーネの説明によると、彼女たちの世界は魔力の海のようなものであり、普段はその中をほとんど寝ているような状態でぼんやりと漂っている。

 それでも、魔力だけは世界が違ってもある程度感じることができた。そして、ウンディーネは水の魔力が濃い場所を好んで集まる習性があり、例えば、ナスキアクアの湖などがその例である。


 だが、精霊たちにとってもその生活は退屈なものなのだ。だから、こちらの世界に干渉する方法が欲しい。

 しかし、世界の壁を越えるとなると、こちらの世界からも協力してもらう必要があった。それが特定の儀式であり、精霊は契約を交わすことで世界を超える道を作る。

 また、魔族ではなく人間を選ぶのは、人間は魔族と違って魔法が苦手であり、それが逆に余計な魔力の干渉を生まないため、精霊にとっても都合が良いそうだ。


「天使とか悪魔もそうなの?」

「ああ、こっちの世界だとそういう区分けがあるんでしたっけ。多分、一緒だと思いますよ。ただ、私はウンディーネ以外とは話したことが無いので、確証は無いですが」

 すでにタコのことにも慣れたウンディーネは、3杯目のジュースを子供のようにストローですすっている。だが、アレサンドラにとってそれはあまりにも異常な光景だった。

 今まで顕現させたときはすぐに疲れ切ってしまい、このような姿を見ることはできなかったし、父でさえ精霊の顕現は十分程度が限界だと聞いたことがある。


「あの……ウンディーネ? あなた、そんなに話せたの?」

「そう言えば不思議ですね。今まではこんなにはっきりと世界を感じることもできなかったのに。お姉ちゃん、一体何があったんですか?」

 ウンディーネの疑問にアレサンドラは腕輪を見せながら説明する。その横でレインは自身の仮説が補強されたことにうんうんと頷いていた。


「なるほど、やっぱり契約者の能力で精霊も強化されるのね」

「ほっほー。ところでウンディーネちゃん、何でタコさんのことをあんなに怖がったの?」

「はい、精霊は仮に契約者が死んでも影響はないんです。元の世界で次の契約者が現れるのを待つことになりますが。でも、神は私の存在ごと消去することができるんです。会ったのはタコ様が初めてですけどね」

 本来、世界が違えば干渉する方法は限られる。実際には元の世界にいる精霊を、こちらの世界から殺す方法などほとんどない。


 精霊の発生や死がどういったものかはウンディーネ自身も分からないが、死に対する恐怖だけは確かにあった。

 そして、彼女が実際に死の恐怖を感じたのはタコに出会った時が初めてであり、反応も過剰なものになったようだ。


「あれ? 神様もそっちの世界にいるんじゃないの」

「どうなんでしょう? 会ったことが無いので分からないです。タコ様は一目で『神様』だと認識できたんですけどね。……あ、お姉ちゃんの魔力が限界みたいです。それではまた呼んでください、ばいばーい」

 確かにアレサンドラも魔力が少なくなったことによる気だるさを感じていた。それでも今までの顕現に比べれば楽な方である。

 だが、ウンディーネは契約者の体だけではなく心の不調も感じ取ったのだろう。無理をさせるのは良くないと思い、手をひらひらさせるとその姿がぱっと消える。


「ふーん、この世界に干渉できないとか、精霊も色々と大変なのねぇ」

「ま、聞きたいことは大体聞けたわ。あとは、あっちの世界に干渉する方法でも探してみましょうか」

 タコとレインはこの世界の精霊に興味津々のようだ。ゲームでも精霊はいたが、それは単に自分と同じ属性の魔法が得意な種族というだけであり、ここまでの設定はなかった。


 このことが自分たちの脅威になるのか、それとも利用することが可能なのか、すでにそんなことへ思考を巡らせている。

 だが、そんな二人にヴォルペが思い切って声をかけた。


「あああ、あの、私はもう少し皆さんのお話を聞かせて頂けませんか?」

 彼女は声をかける前に、ちらっとアレサンドラの方を見ている。精霊の話を聞きながらも、アレサンドラが何かに悩んでいることに気づいていたようだ。

 アレサンドラはヴォルペに感謝しながら、すこし汗の滲む額を押さえて軽く手をあげる。


「すみません、顕現で少し疲れたようです。私は先に部屋へ戻ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、ごめんなさいね。今、ゴーレムを呼ぶわ」

「ありがとうございます。少し、施設を見せていただきながらゆっくり戻りますね」

 しばらくすると、食堂にもいた金属製のゴーレム、タコハチ君がやってきた。

 一緒に部屋を出たアレサンドラだったが、すぐに部屋には戻る気は無い。恐る恐るゴーレムに話しかける。


「あの、タコハチさん? どこか、一人でゆっくりできるところはありますか?」

「ソレデハ、談話室ニゴ案内シマス」

 実際の所、アレサンドラの疲れはひどいものではない。だが、今、彼女の頭は様々な悩みで満たされていえる。

 それに、部屋に戻るとヴァレンティーナに会ってしまうかもしれない。しばらくは一人で考える時間が欲しかった。


 アレサンドラは数台のテーブルや椅子、本棚や遊具などのある部屋に案内された。窓からは心地よい光が入り込み、外の花畑を見ることも出来る。

 タコハチはブラインドを少し下ろして部屋の明るさを調整すると、お茶とお菓子を置いて部屋から出ていく。外にいるので必要に応じて呼んで欲しいとのことだった。


 ゴーレムとは思えない気づかいに驚きながらも、今はそれがありがたい。アレサンドラはお茶が置かれたテーブルにある椅子に腰を下ろすと、大きくため息をついてから思索にふけることにした。

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