0話 タコさん、死ぬ
彼女は、暇だった。
体には大量の管が差し込まれ、痛みを抑える為の麻酔が欠かせない。手足は用を成さず、使えるのは脳波操作が可能なタブレットのみ。それですら弱った体は長時間の使用に耐えられない。
そんな彼女を見かねたのか、主治医である叔父がフルダイブ式VRMMOのセットをプレゼントしてくれた。彼女は瞬く間にそれにのめり込んでいく。
初めは真面目にプレイしていた。
エルフの狩人キャラを作り、仲間とパーティーを組み、ダンジョン攻略をして、レアアイテムを集める。
しかし、ほとんどの時間ゲームをしていた彼女は、ほどなくしてキャラをレベル100にカンストさせてしまった。
また、このゲームには『アーチャー』等のクラスと呼ばれるものがある。
クラスのレベルを上げるとスキルや魔法を覚えることができ、上限はキャラクターごとに合計100レベルであるが、もちろん、彼女はそちらも上限に達していた。
そのため、気分転換に魔法系のセカンドキャラや、剣士系のサードキャラを育成し始める。だが、しばらくすればそれらのキャラもほぼ完成させてしまい、若干のマンネリを感じ初めていた。
そんな時、彼女のパーティーはとあるPK集団から襲撃を受ける。
その集団のボスは女性の悪魔で、レオタードにロングブーツとロンググローブ、さらに武器は鞭という、まるで昔のアニメに出てくる悪の女幹部の様な姿だった。
その女ボスが、『子分』と称したガラの悪い男性キャラを率いて襲い掛かってくるのである。
最初は迷惑なことをする人たちだと思ったが、子分はまるで漫画の小悪党のように振る舞い、襲ってきたというのにそれほど強くもなく、逆にボコボコとやられてしまうのだ。
そのうちに彼女たちもノリノリになってしまい、最後にはこっちまで漫画の主人公のようなセリフと共に女ボスを殴り倒してしまった。
なんだかんだで楽しかったのでPK集団の女ボスと話をしてみれば、意外と話がはずんでいく。そして、何でこんなことをしているのか聞いてみたら、なんと、女ボスはリアルで警察官をしていると言うのだ。
さらに、女ボスも最初はプリーストのキャラを作り、普通に回復担当をしていた。しかし、『ゲームなんだし、リアルを忘れよう』と考えてプレイしていたら、いつの間にかこうなっていたそうだ。
こうなる前のキャラの画像を見せてもらえば、そこには清楚な格好した、いかにもなシスターが写っている。
「良い……」
画像と今のキャラを見比べて、思わず彼女の口から声が漏れた。
もともと清楚な少女が、こんな格好をして悪の道を行く。
いわゆる『悪堕ち』といったものは知っていたが、実際にこういったものを見ると、そのギャップに対する感動が電流となって体を走った。
そして、彼女はプレイ方針を変える。
どうせならとことん悪堕ちっぽくしてやろうと、種族を変更する『転生アイテム』を使い、種族を人魚、その中でも特に色物なタコ――両腕はそれぞれ2本の触手、下半身は完全にタコになっている――に変えた。
さらには肌の色も紫に、瞳は白黒を逆転させるなど、とことん人外感をアップさせる。
そして、名前も『邪神タコ』に改名した。
◆
「おーほっほっほ! 我は邪神タコ! 愚かな人間どもよ、ひれ伏せー!」
「あれ? キャラ変えたの? 前はエルフだったよね?」
完成したキャラをパーティーにお披露目すれば、皆が急な路線変更に驚いている。期待どおりの反応にタコはご満悦だ。
「エルフだった私は死にました! えーと、生贄として海に捨てられた結果、邪神に魅入られて悪に堕ちたって感じです!」
「あはは! 何よそれ、変な設定!」
そう言いながらパーティーの皆も「それならクラスはこんなのはどうだ?」とか、「装備はこっちの方が似合ってる」といったアドバイスをしてくれる。
新たなネタに飢えていたのは、タコと同じだったようだ。
「あ、それから、欲しいアイテムがいっぱいあるんです! 悪っぽいペットも捕まえたいの! 集めるのに協力してもらえませんか!?」
「いいよー。ただし、今度ボス退治手伝ってね」
そんなわけで、タコはしばらくダークな装備やペット、はてはインテリアなどを集めるのに奔放するのであった。
◆
タコは一応、廃人に分類されるプレイヤーである。
そして、自身のやりたいことが決まった今、ゲームの中でその欲望を大抵は叶えることが出来た。
一人でギルド、その名も『アウトサイダー』を立ち上げると、邪神らしく神殿をモチーフにした拠点『伏魔殿』を作り上げてしまう。
その大広間で、タコの大きな声が響き渡っていた。
「ああ、良いわ! 深紅のドレスが銀髪とベストマッチしてる! 後は、左目に傷跡をつけてー……あっ! それなら眼帯も付けましょう!」
大理石の床や天井に囲まれた広い部屋の中で、一人の女性が佇んでいる。
その頭には狼のような耳が生え、銀色の長い髪をなびかせていた。返り血を浴びたかのような深紅のドレスは、背中が大きく開き野性的な肉体美を強調している。
その周りには様々な服や装飾品が転がっており、タコは複数の眼帯を拾い集めてはどれが女性に似合うか試していた。
しかし、当の女性はタコが何をしてもまるで反応していない。それもそのはず、彼女はタコのサードキャラクター『アイリス』だからだ。
すでに成長を完成させたキャラであったが、タコはこちらも自分のように悪堕ち風にしようと調整を進めていた。
「やっほー、タコ。悪の儀式は順調かしら?」
「あ、この前は協力ありがとうね! おかげでこんなに悪っぽくなったわ!」
そう言って誇らしげにアイリスを紹介する。
もともと、彼女は聖騎士のクラスを取得し、白銀の鎧など格好いい装備をさせていた。
しかし、今ではミニスカートの深紅のドレス。左目に大きな傷跡。かかとが突き刺さりそうな真っ赤なハイヒール。さらに、クラスもバーサーカーと言った物騒なものに変更している。
「お、すっごく可愛いじゃん。この娘も設定とか考えてるの?」
「もちろん! この娘は目を怪我したせいで聖騎士への道を閉ざされたの! そこを闘いの神に目をつけられて、目を治す代わりにその心は血塗れの戦を求めるようになる! そして、ついた二つ名が『歪んだ牙のアイリス』! どう? 格好いいでしょ!」
仲間に褒められてタコも大喜びだ。中二な設定を嬉々として語りだす。
そのまま一緒にキャラの設定欄へフレーバーテキストを盛り込んだり、装備の付け替えなどをしていると、話は先日の約束のことに変わった。
「あ、そうだった、この前お願いしたボス退治なんだけど……」
「そういえば約束したわね。これから行く?」
「それが、どっかのギルドが同じアイテム狙いでボスを占領しちゃってるみたいなの」
「ありゃりゃ、どうしましょ」
すると、彼女は何か悪い事を思いついたか、ニヤニヤした顔をタコに向ける。
「そこでね、タコ。どうせなら邪神っぽく対応しない?」
「ほうほう、詳しく話を聞きましょうか」
タコもせっかく悪堕ちしたのだから、少しくらい悪役っぽい事をしてみようと思っていたところだ。そして、彼女の提案を聞くと、喜んでその案に乗り準備に取り掛かった。
◆
とあるダンジョンのボスフロアにて、最奥に出現したボスを件のギルドメンバーが取り囲んでいる。
彼らはヘイト管理やダメージ調整のみならず、横からボスを攻撃しようとするプレイヤーの妨害までこなし、出現するたびに確実にボスを倒す体制を築き上げていた。
もちろん、周囲にはそのギルドに反発するパーティーもおり、妨害にもめげずにボスを倒そうと攻撃を続けている。
さらには彼らを出し抜こうとするプレイヤーやPKまでも混ざっており、フロアは混沌とした雰囲気に包まれていた。
「おいっ、このクソギルド! いい加減にフロアから出ていきやがれ!」
「へ、知ったことかよ! そんなにドロップが欲しければ、相場の3倍で譲ってやるぜ?」
こんな言い争いは日常茶飯事だ。プレイヤー同士の小競り合いも同様である。だが、今日はそこに一つのイベントが挿入された。
突如、フロアの中央に巨大な石柱が出現し、そのてっぺんから色とりどりの閃光が放たれたのだ。
何事かと訝しぶプレイヤーがそこに注目していると、フロア全体に大きな声が響く。
「おーほっほっほ! 我は『アウトサイダー』の邪神タコ! 愚かな人間どもよ、ひれ伏せー!」
そこにいたのはタコである。石柱は魔法により出現させたものであり、閃光や大声は課金アイテムによる効果だ。
注目が自分に集まったことを確認すると、タコは言葉を続ける。
「このフロアにいる皆さん! タコさんは悲しいです! 人が、こんなに憎しみあっていいのでしょうか? いや、良くない! だから、タコさんは決めました! 争いを無くすために……みんな吹っ飛べ―! <大津波>!」
好き勝手なことを言い終わると、タコは自分を中心に広範囲の攻撃魔法を発動した。
この魔法は本来、大規模なギルド戦などに使われるもので、MPだけでなく貴重なアイテムを消費する。発動までの時間も長いが、こちらは課金アイテムで短縮させた。
だが、その威力は消費に見合ったものであり、思わぬダメージ受けた一部のプレイヤーはフロアから避難しようと引き上げていく。
しかし、件のギルドメンバーはダメージを回復させると、馬鹿にするような視線をタコに向けた。
「はっ! どうやら課金頼みの素人のようだな、てめぇ痛い目見るぜ」
その言葉通り、このゲームでボスに対し広範囲魔法を使うのは厳禁である。なぜなら、強烈にヘイトを稼いでしまい、その後ずっと殴られることになるからだ。
「おーほっほっほ! そうかしら? そーれ、ボスさんこちらー、手のなる方へー」
「なにっ!?」
ところが、そこは廃人のタコである。回避できる攻撃のタイミングはばっちりと把握しているし、回避不能な攻撃でダメージを受けても、高価なポーションを飲んですぐに回復する。
「おーほっほっほ、だれが痛い目みるのかしら? ま、そこにいるへっぽこギルドならこんな事できないもんねー!」
「うるせータコ! だったらてめぇからぶっ飛ばしてやる!」
さらに、タコはプレイヤーを挑発してリアルヘイトを稼いでいく。こうしてボスへの攻撃を減らしていけば、ボスを倒される可能性はさらに下がるというわけだ。
「さんきゅー、タコ。もうしばらくお願いねー」
「おーほっほっほ! まっかせなさーい。ほら、もう一発、範囲魔法いくわよー!」
タコの乱入によりエリアは大混乱に陥った。
今のうちにボスを倒そうとするもの、ギルドに恨みを晴らさんと攻撃を仕掛けるものなどなど、様々な攻撃が縦横無尽に飛び回っている。
その隙にタコの仲間は無事にボスを討伐してアイテムをゲットしていった。ボスを占領していたギルドは、殴られるわボスを取られるわでさんざんである。
今回の件に気持ちを良くしたタコは、この後も『悪堕ちプレイ』と称してヒールな役割を喜んで行うようになった。
そして、ほどなく悪堕ちが完了したセカンドやサードキャラも駆使して暴れまわるタコの姿は、良くも悪くも話題に上ることとなる。
◆
(ふっふっふー、私も名前が広まってきたわねー)
タコはすっかり悪堕ちプレイにはまっていた。固定されたタブレットで掲示板を眺めていれば、自分のことが書かれていることもある。それを見つけるたびにニヤニヤしていた。
プレイヤーの反応をまとめると、『邪神(笑)』『(頭が)悪いタコ』『いつかタコ焼きにしてやる』とかそんな感じである。評判はそこまで悪いものではなく、ネタキャラに対する好意もあるようだ。
タコもそれに気を良くして、今ではほかのプレイヤーに「あなたも悪堕ちしなさい!」と、ちょくちょく転生アイテムやダークな装備をプレゼントしていた。
「よし、検査は終わった、VRに戻っていいよ。しかし、よっぽどそれが気に入ったようだね」
ベッドで横たわる彼女に白衣を着た男性が声をかける。彼は、彼女にVRMMOをプレゼントしてくれた人でもあった。
『あ、先生。どうもありがとうございます。おかげで暇を持て余す事も無くなりました』
彼女は声が出しづらいので、脳波でタブレットを操作して音声を出す。その声には自分の状況を悲観し、暇を持て余していた少女の面影は感じられない。
「それは良かった。……しかし、最近はずいぶんとお金も使ってるようだけど?」
実際の所、彼女は邪神にふさわしい行動ができるように、じゃぶじゃぶと課金して戦闘力を強化していた。
特に、回復アイテムは大量に確保してすぐにはやられないようにしているし、欲しい装備や転生アイテムの為にはガチャだってばんばん回している。
『あはは、どうせ使い道も無いんです。有意義な浪費ができました』
「……」
彼女の言葉に男性の表情を固くなった。とっさにフォローを入れる。
『ああ、すいません、そんなつもりじゃないんです。……ただ、本当に楽しくて』
「分かっているよ。だけど、これは……」
男性が書類を取り出す。そこにはとある文章と彼女自身の電子署名がなされていた。
「本当にいいのかい?」
『ええ、正直、最近は起きているのもつらいんです。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします』
その書類は、『その時』まで彼女をログイン状態に保ってもらうように依頼するものである。
フルダイブ式VRMMOに使われている脳波操作技術は、元々は医療に使われていたものだ。すでに法律も整備され、同じようなことをするのは彼女が初めてではない。
「……分かった。後は任せてくれ」
『ありがとうございます。……今まで、本当に、ありがとうございました』
彼女はできるかぎり頭を動かし礼をしようとする。それを見ると男性は静かに部屋を立ち去った。彼女の意思を再確認した以上、自分が言うことはない、ということだろう。
(さてさて、それじゃ最後は派手に暴れてやろうかしら。ふふ、悪堕ちの素晴らしさを皆に見せつけてやるわ!)
出来れば多くの人に自慢のキャラクターと、悪墜ちの素晴らしさをアピールしたい。そのためにはどうすればよいか、まずは計画を考えようと彼女はゲームにログインした。
◆
巨大な十字架を尖塔に掲げる、まるでお城のような教会。周囲も見事な庭園が整備されており、中央の噴水は待ち合わせ場所としても重宝されている。
ここは、このゲームにおける宗教の総本山だ。普段は時間を問わず大勢の人でにぎわってるはずの場所が、今は夜中とはいえ不自然なほど静まり返っていた。
時刻が深夜0時になろうかというとき、エリアの入り口に不気味な集団が集まってくる。
真っ黒なビキニアーマー姿で巨大な剣を担ぐ女騎士。蝙蝠の翼に山羊の角を生やした女悪魔。蠱惑的な笑みを浮かべながら八本の脚で歩くアラクネ。
その誰もが悪を印象付ける雰囲気を醸しだしていた。さらに、皆が今か今かと目的の時を待っている。
そして、0時となった瞬間。集団の先頭に強烈なスポットライトが浴びせられた。そこにいたのはタコである。
「おーほっほっほ。我は邪神タコ! これより神都を壊滅させ、この世界を闇に堕としてやるわ! みんな、行くわよ!」
「おー!」
タコの号令と共に全員が教会を目指し突き進む。警備をしているNPCの聖騎士がその集団を止めようと攻撃を仕掛けて来るが、瞬く間にやられてしまった。
集団はそのまま教会へ突撃しようとする。しかし、その入り口が勢い良く開くと、先ほどのタコと同じようにスポットライトで照らされた。
「愚かな邪神め! 貴様らには神の名の下、正義の裁きを与えてやる! この世から消え失せるがいい!」
そこにいたのは、まるで勇者であるかのように光輝く鎧を身に着けた騎士だった。その後ろにも、女神と見まがうような神聖さを放つ女僧侶。一目で神獣だと理解できる純白の狐を従える魔物使いなど、見るからに正義の集団がそろっている。
彼らは教会から飛び出すと、タコを筆頭とする集団に魔法で攻撃を始める。それに対する反撃も始まり、辺り一帯はまさに戦場と言えるほどの大騒ぎだ。
これは、タコが主催したイベントである。
事前に知り合いに声をかけたり、ゲームの掲示板で周知したりして、無事開催に漕ぎつけたのだ。
タコは以前より「悪堕ちした女の子が見たい!」とアイテムを大盤振る舞いしていたので、その伝手で悪側の参加者は早々に集めることが出来た。
あとは正義側をどうするかだが、ここは素直にレアアイテムで釣っている。
きちんと運営にイベントを申請し、キル数などをカウントできるようにすることで、成績優秀者にアイテムをプレゼントとしたのだ。
もちろん、悪側にも景品はあるし、『どちらかの陣営っぽい格好』という参加要件を満たしていれば、誰でも参加できるようにした。
イベント中は様々な視点から撮影した動画を配信し、人気投票みたいなことも行っている。これも、悪堕ちキャラを皆に広めようという魂胆である。
有名なプレイヤーも何人か参加してくれたので、そこそこの視聴者がいるようだ。それに、タコ自身も『いつもログインしている廃人』として知名度は高い。
参加しているキャラは誰もが凝った衣装や派手な見た目をしており、映像だけでもなかなか楽しめるものとなっていた。
当のタコも「あ、あの悪魔っ娘すんごく可愛い!」だの、「正義側のあの子、めっちゃ悪堕ちさせたい!」だの、戦闘そっちのけで大騒ぎしている。
イベントの方は、MP切れやプレイヤーがやられだしたことで、遠距離攻撃の手が緩くなってきた。こうなると接近戦キャラの出番だ。各々が我先にと敵陣に切り込んでいく。
しかし、その後の戦況は悪側の方が劣勢となった。どうしてもネタやキャラ設定を優先している者が多いため、ガチバトルではその辺が不利に働いたようだ。
最終的に残ったのはタコ一人だった。正義側にはまだ三人のキャラが残っている。
「ふっふっふ、追い詰めたぞ邪神タコめ! これで貴様も終わりだ!」
「く、勇者め、ここまでやるとは! しかし、このタコはただでは死なん! カモーン、私のセカンド『朽ちた翼』のレイン! それからサード『歪んだ牙』のアイリス!」
タコの目の前に、緑がかった灰色の全身鎧を着たキャラと、返り血で染めたような真っ赤なドレスを着たキャラが現れる。タコが課金アイテムで一時的にNPCとして呼び出したのだ。
突然の増援に正義側はご立腹である。
「ふざけんなー! そんなのありかよ!」
「ふっふっふー。ルールでも課金アイテムは禁止されてませーん。さぁ、これで数は同じ! 私の可愛いキャラに勝てるかしら!?」
「あ、ならこっちも同じアイテム使うわ」
「え!?」
こうなっては4体3だ。いくら廃人のタコでも、ガチビルド相手に勝てる見込みは少ない。
「ぐぬぬ、しかし邪神を舐めるなー。貴様らごとき人間に……ぐえー!」
そして、邪神退治という名のいじめが始まった。
◆
結局、多勢に無勢でタコはやられてしまった。
その後は表彰式や賞品の授与を行うと、プレイヤーたちの懇談会が始まる。
自分のキャラクター自慢、スキルや装備など戦術の相談、先ほどの戦闘での恨みつらみなど、それぞれが楽しそうに過ごしていた。
しかし、そんな時間も永遠ではない。
「あはは、タコさん、良いやられっぷりだったよ」
「じゃーねータコー! 元気でねー!」
「はいはーい。みんな、参加してくれてありがとー!」
その場にいたプレイヤーが次々にタコへお礼やお別れを言って去っていく。後にはお祭りが終わった後独特の、心地よい空気だけが残った。
(ああ、楽しかったな)
タコも満足感に包まれながら自らの拠点、『伏魔殿』に戻る。
諸々へのお礼などイベントの後処理を終わらせると、なんとなく拠点の中をふらふらと散歩し始めた。
通路を歩いていると、通りかかったイカの人魚が敬礼してタコの方を向く。彼女は課金で追加したNPCで、AIを搭載しており様々な雑用を行ってくれるのだ。
キャラごとに5人までNPCを雇えるので、セカンドとサードキャラ分も含めて総勢15人のNPCがこの拠点で働いている。
タコは全員に広間へ集合するように命令を出す。しばらくしてからそちらに向かえば、NPC全員が整列して待っていた。
タコ担当の人魚たち、彼女たちはイカの人魚であり、全員が紫を基調としたローブを身にまとっている。
レイン担当の妖精たち、彼女たちは真っ黒な羽を持ち、付け耳と付け尻尾で小悪魔のような雰囲気を醸し出していた。
アイリス担当の人狼たち、彼女たちは女忍者という設定であり、可能な限り露出を多めにしている。
どれも自分が手塩にかけて設定や装備などを調整した者たちだ。その後ろには、タコがペットにしたモンスターもそろっている。それらは犬、スライム、蜘蛛の姿をしており、どれもダークな見た目で気に入っていた。
レインとアイリスを再度アイテムで出現させてそれぞれのNPCの前に立たせれば、それはなかなか壮観な景色であった。
彼女らを作り上げた思い出に浸っていると、ちょうど『その時』が来たようだ。意識が少しずつ薄れだす。
ゲームで知り合った人には今回で引退すると言っておいたし、現実で親しい人には事前に連絡をしてある。思い残すことも無い。
いや、それは嘘だ。
「もっと、悪堕ちした女の子が……見たかった……」
こんな時でも不純なことを考えつつ、彼女は永い眠りについた。
……はずだった。