恋は暴走するんだっけか?
それから俺はマスターに言われた必殺技を使いこなす為にひたすらに調べて実戦して行った。
気付いたことは3つ。
1つは、必殺技を発動する為には相手を知らないといけないが為に、発動準備がかなりかかる。探っている間に時間切れになり発動できないのが欠点だ。
次に、相手の属性。ここに関してはゲームと違うのはかなり分かりにくい。パズルの様にステータスを言葉て見極めていく必要がある。
最後に、必殺技にレベルは関係ない。
今までの経験上、格上にはどうしても一撃では無理な事も多いが、この必殺技はクリティカルを出せば確実に決まる。
決まらない時はクリティカルヒットしていないだけだという事だ。
それからアポ取りを2週間ほどした時だった。
自分ではまだまだ、クリティカル率が低いと感じていたのだが川谷さんがマスターに話しているのが聞こえた。
「桜庭さん。黒江なんすけど、最近のあいつのアポ、本人に任していいんじゃないっすかね?」
「川谷もそう思うか? 引き継がない方が成約率にも繋がりやすいからなぁ……」
「まだ、経験が足りない部分はありますが、普通に結構ニーズ詰めれて来ているので試してみてもいいんじゃないかと……ただ……」
「ただ……? 何かあるのか?」
「最近あいつ、俺に敵意剥き出しというか……意識されてる感じがすごいんですよね……」
「まぁ、意識しているんだろ。うちの店では1位だから超えたいと思っているんじゃないか? まぁ、いい事じゃないか?」
「そうなんすけど、そんな貪欲なイメージ無かったんすけどね……」
あの日から、俺は川谷さんを抜く事を徹底的に意識した。話の引き出し、商品の説明での違ったアプローチの仕方など盗める物は盗み、マスターの必殺技をクリティカルヒットさせる事を考えた。
ただ、ユーリちゃんとは事務的な話以外はほとんどしていない。なんだかプライベートの話をして川谷さんがチラつくのを恐れていたんだろう。
今はまだ……。
敵対心を感じられているせいか、川谷さんとプライベートな話はほとんどしなくなった。それを気にしてなのかマスターとは結構話す様になっていた。
「黒江〜、今日終わったら飯いかないか?」
「いきます!」
「お? 川谷が居ないと返事が早いな!」
「いや、そういう訳じゃ……」
「まぁいい。早く上がれる様に書類のまとめ終わらせとけよ」
「はい!」
・
・
・
あとは、日報を書いておけばっと……。
「黒江〜定時で上がれそうか?」
「はい、あとは日報だけです!」
「おぉ、順調だなぁ〜」
マスターの笑い声が響く。
だけど、その後の一言で俺の手が止まる。
「塔野、この後黒江と飯でも行こうかと思っているのだが来るか?」
「え? は、はい」
「そしたら俺は閉めてから出るから終わったらすこし下で待っていてくれ」
ちょっと待ってくれ、マスターはユーリちゃんも呼んだのか? いや、呼んだよな?
ここ2週間ほど、俺はユーリちゃんとはまともに話してはいなかった。
なんで急に、マスターすこしは空気を読んでくれよ……行くと言った手前、俺は今更断る事も出来ずにお店の下でユーリちゃんと一緒にマスターを待つことになった。
「……」
今の心境で、正直何を話していいのかがわからない。すこし暖かくなって来ている気温の過ごしやすさに気が向いてしまうくらい真っ白になる。
「黒江くん……」
先に口を開いたのはユーリちゃんの方だった。
「何?」
無愛想な返事になる。正直こんな態度は取りたくはないのだけど……。
「黒江くん、最近忙しそうですよね……」
「うん……忙しい……かも?」
「も、もうすぐ契約の対応とかもするんですよね?」
「マスターはそう言ってたね」
「契約になったら、もっと話せますね」
「あぁ、事務との仕事も増えるからね」
「そしたら……」
ユーリちゃんがそう言いかけると、マスターの野太い声が響く。
「待たせたなー、それじゃあ行くか!」
最後、ユーリちゃんは何を言おうとしたのかなんて少し気になってはいたが、頭の中で川谷さんがチラついてそれ以上は聞かなかった。
3人で行く飯には特に大した意味は無かった。
今後俺を内覧に出てもらおうと思っていることや、最近の他愛もない話をマスター主体にしていた。
酒もすこし回り出した位にマスターは言った。
「そうだ、黒江は今後どうしていきたいんだ?」
「そうですねー、とりあえずは契約をしっかり取れるようになりたいですね」
「なるほどなぁ、夢とかはあるのか?」
「夢……ですか?」
「そうだなぁ、例えばもっと出世したいとかノウハウを生かして独立したいとかだな?」
「まぁ、宅建の資格は取りたいですけど、独立までは今のところ考えてないですね」
「そうか、黒江は宅建取りたいんだな! まぁ、うちは補助金とかも出るからまた勉強始めたりする時は言ってくれ、力にはなれると思うぞ?」
「あ、ありがとうございます……」
そう言うと、ユーリちゃんにも話を振る
「塔野はどうなんだ?」
「今は仕事を覚えるのでいっぱいいっぱいです」
「そうか、何かしたい事はあるのか?」
「そうですね、20代後半くらい迄には結婚しておきたいですけど……」
「結婚かぁ……なんだ? いい相手でも出来たのか?」
「ちょっ、マスター! それセクハラでやられますよ?」
「おぉ、そうか……クビにはなりたくないな……」
「いいですよ。まだ相手は……」
「まぁ、塔野はすぐ見つかるだろう!」
そう言うとマスターは俺をみた。
まだ相手は? いや川谷さんがいるだろうが。
社内だから伏せておきたいのか? それとも川谷さんは彼女認定してくれないのか?
俺は余計にユーリちゃんの言葉の語尾に引っかかりを覚え、それはまた怒りとかにも繋がっていくのがわかった。
その後もマスターのご機嫌なトークはつづく。俺は直接はユーリちゃんとほとんど話せないまま、10時を過ぎたあたりでお開きとなったなった。
「それじゃ、俺はこっちの電車だから」
ご機嫌なマスターは大きな背中を向け別れる事になる。
俺とユーリちゃんは途中までは同じ方向なのはわかっていた。
「黒江くん……」
「塔野さん、どうしたの?」
「わたし何か気に触る事したかな……」
気に触るも何も……とは考えたが、俺は平然とかえす。
「どうして?」
「どこか避けられてるというか、ラインも特に仕事での連絡だけになっていて……」
「それは!」
「それは?」
そう聞かれて、俺は口ごもる。
「塔野さんは、付き合いたい人がいるんだろ?」
俺が少し強めにそう言うとユーリちゃんはすこし驚いた様に目をひらいた。
「いるよ……」
やっぱり、川谷さんは彼女認定していなかったのだろう。
「ほらね、そしたら俺なんかとラインしてたり話したりしてていいんですか?」
正直俺はクソ野郎だ。
別に他に好きな人がいたとして俺の態度は関係ない。
だけど、川谷さんだけでなく健気に付き合いたいとか考えているユーリちゃんにも怒りを覚え、俺は勢いよくいい放ってしまった。
「えっ?」
「いや、別にいいけどね、塔野さんかフラれたとしても俺には正直関係ないし……」
「なんで? なんでそんな事言うの?」
「同期の同僚それが俺たちだろ?」
正直いい過ぎたか?
「もういい……黒江くんそんな事言う人とは思って無かった……」
そう言って、ユーリちゃんは改札に走って行った。
なんだよ……。
どうするのが正解なんだよ……。
俺は電車の中でユーリちゃんのラインに"ごめん、いい過ぎたかも"と書いて送らずに閉じた。




