マスターの必殺技はバックドロップなんだっけか?
「おはよう、今日は早いな?」
「おはようございます」
この日、俺は普段より1時間早く店に着いていた。
「マスター、相談があります……」
「黒江、まさか辞めたいとかじゃないよな?」
「いえ……そう言うわけでは……」
「ならいいのだが、どうした?」
マスターの太い腕が店のシャッターに掛かると半分ほど開けた。
「唐突な質問なんですが、マスターは川谷さんに勝てますか?」
桜庭マスターは、少し驚いた様に
「川谷か……プロレスなら楽勝だろうが成約率は難しいだろうなぁ」
「そうですか……」
真剣な俺の反応にすこし眉をひそめ
「黒江、すこしは笑ってくれよ?」
「あ、すいません……」
「でも、急にどうした? 黒江は今のところよくやっている方だと思うぞ?」
「ダメなんです。今のままじゃ」
「そう焦るな、営業自体にはある程度向き不向きがある。まぁ、テクニック的なものは無くはないのだけどな……」
「それだと、川谷さんには……」
「川谷と何があったのかは知らないが、そうは言ってない。経験の浅い"今は"という事だ」
「そうですか……」
「だがな、川谷にも弱点はあるぞ?」
「弱点? それはなんですか?」
「あぁ、あいつはお客様の心を掴むのが上手い。それは知っているとおりだろう」
「はい……」
「だけどな、あいつが取れないお客様でも俺は取る事ができる。まぁ逆ももちろんあるが」
「そうなんですか?」
「そう、それはテクニックは同じでもそれ以外が違うからな。要は属性が違うんだ」
「属性? 川谷さんが火属性でマスターが土属性とか?」
「ははは、黒江らしいな。そこまで判り易くはないが、あいつはルックスもよく物凄く頭の回転が早い、その上更に契約に繋がるパターンを持っている」
「それってとんでも無く無敵なんじゃ……?」
「だが、若手実業家風だろ?」
「まぁ、そうですね」
「それは良くも悪くもある。ただ、その弱点をテクニックと頭の回転で補う力があると言う事だ」
なるほど。基本的に汎用性の高い火属性だが水や火が来た時の対処方がある……だがあくまで対処方という訳か……。
「だから黒江は黒江に合った形を見つけ、自分の得意や不得意を見つけていくのがいいんじゃないか?」
「自分に合ったですか……どうすれば……」
「それなら一つ必殺技をやろう。習得出来ればバックドロップを決められるぞ?」
「はい! マスター、プロレス好きですよね?」
「まぁ、元プロレス同好会だからな!」
そう言うと、笑いながら力瘤をつくった。
「それで、必殺技とは、なんですか?」
「あー、もしお前がドリル屋さんだとして、10mmのドリルありますか?と尋ねられたらどうする?」
「え? ドリル屋さんですか?」
「そうだ……」
「それがなんで必殺技に……?」
「いいから考えてみろ?」
「素材とかを聞いて、それに合った物を提供しますね……」
「なるほどな。聞いてみるのはいい事だな」
「で、これが必殺技?」
「うーん、ではその人が欲しい物はなんだ?」
「10mmの、開けたい物に開けられるドリル?」
「50点だな。それだと決め手のバックドロップにはならない」
「まぁ、通常攻撃ですね……」
「必殺技にする為にはその穴をどのくらい開けたいか? 果たしてドリルはいるのか? を考えて適切に提供する必要がある」
「はい……」
「イマイチピンとは来てないみたいだな?」
「はい……」
「それならもしおまえが工作で箱に10mmのホースを通したいとするとどうする?」
「10mmのドリルを買いに行きますね……」
マスターはニヤニヤしながら言った。
「10mmのドリルは1万円ですが、その箱を持って来て頂ければ100円で10mmの穴を開けますがどうしますか?」
「あー! 箱持ってきて100円払います!」
「そう言う事なんだ、1万円のドリルは悩むが100円の穴は悩まない、それは黒江が欲しいニーズだからなんだ。 それを理解して提供すれば……どうだ?」
「バックドロップですね……」
「だろ? 他でもし無料で開けてもらえたとしてもほとんどの人がそこで開けるだろう?」
「はい! 必殺技……」
「それをうちでの営業に落とし込む様に自分なりに考えて、もし出来る様になれば間違いなくおまえの必殺技になるだろう」
イメージは出来たものの、実戦するのは至難の業だ、だがどんな奴でも必殺技には修行をして、習得している。
俺はこの必殺技をとりあえず磨き挑戦するしかないなと思った。
「まぁ、その為には商品の知識は勿論必要で如何に深く理解し、適切な物を提供するかだな」
俺には時間がない。
くすぶっている間にもユーリちゃんは……。




