いい人かわからないんだっけか?
それから2週間近くが過ぎた。
あれからマスターや川谷さんのヘルプもあり、アポを取るまでは任せてもらえる事になっていた。
最近は、ユーリちゃんにちょっかいをかける以外は実は結構いい人かもしれないと思いはじめていた。
ある程度知識も付いてきたということで、来月からは契約するクロージングやフォローを一緒にやりながらするらしい。
「おーい、悠里ちゃんと黒江ー」
「川谷さん、どうしたんですか?」
「わたしもですか?」
「メシ行くぞ! 何食いたい?」
「うーん、うど屋ですかねぇ?」
「わたしもうどんがいいです」
「なんだお前ら仲良いな? 普段と変わらねーけどそんなもんか……」
うど屋は、店の近くにあるうどんの店。新宿界隈は大体ランチで1000円を超えてくる中、うど屋は定食でも680円と新入社員には優しい価格だったので外で食べる時はここに来ていた。
店につくと好きなものを頼めと言われ、どうやら川谷さんは飯を奢ってくれるらしいと言うのがわかる。
食券を買ってもらい、川谷さんが前、俺は通路側のユーリちゃんのとなりに座る。
「お前ら意外と席とか気使うんだな?」
「そ、そういうわけじゃ……」
?? なんの事だ?
「いや、気使ってたのは悠里ちゃんだけだったわ……」
少しの間沈黙が起きる。俺は川谷さんの腕を見ると高そうな時計に目がいった。
「あぁ、これな? お前も契約取ればすぐ買えると思うぞ? そんな事はさておき、最近どうだ? 仕事には慣れたか?」
「あ、はい……おかげさま……」
「お前には聞いてねーよ。ほぼ毎日みてんじゃねーか」
「わたしもそれなりに慣れてきました」
「お? いい傾向だな」
ちょっとした嫌がらせにも見える流れだが、川谷さんはそうやって"本題"を話すタイミングを伺っているように見える。
ここ2週間程で、なんとなく川谷さんのコミュニケーション術みたいなものが分かって来たのだろう。
大体話を変える際"ところで"と切り替えて話始める。
「ところで……」
来た、ここまでは予想通りだな。
「エリアマネージャーってわかるよな?」
エリアマネージャーとは店長を束ねる、言うなれば支部長的なポジションの人だ。
「銀座店に見学に行った時に会いました」
「あの人、ピリっとした緊張感ありましたよね、できる人のイメージです」
「そうか、日野マネージャーか……2人とも会って居たんだな!」
川谷さんにしては珍しく会話を切る。
「あの人は凄い人だよ」
「うちはCエリアなんですよね?」
「そうそう、Cは月島……マネージャーという人なんだ」
「月島マネージャー……どんな人なんですか?」
「お前って変な所察しが悪いよな?」
「え? なんかヤバい人なんです?」
「まぁ、明日くるんだけどその辺りは察してくれ。偏見を持たせない様に言うなら"ロボット"かな……」
ロボット、俺は頭の中でスパロボを浮かべる。高機動高火力、川谷さんの雰囲気的には悪のロボットか……?
期待膨らむ俺を察したのか
「お前は一度痛い目に会え、そして死ね」
「なんなんすか?それ」
「まぁ、悠里ちゃんだけでも船を出せて良かったと思う事にするわ……まぁ、あの人が特殊枠のお前にどんな対応するのかは気になる所だけどな……」
特殊枠? 俺はそんな枠なのか?
そもそも特殊枠ってなんなんだ?
「あの……川谷さん?」
「なんだよ?」
「自分が特殊枠ってどういう意味なんです?」
「なんだよ、知らなかったのか? うちの会社は新卒採用の際は1名だけ"変人"を入れるルールがあるんだよ」
「"変人"って……そんなの知らないですよ」
「あぁ、社長の方針でな、他社とは違う風を取り入れる為らしいぜ?」
それで、落ち続けていた俺が……。
「ただな、月島マネージャーも初期の頃特殊枠入社らしいぜ? まぁ会えばわかるけどな」
「そしたら黒江くんみたいにゲーマーなんですか?」
「悠里ちゃん。なにも特殊枠はゲーマーってわけじゃないぜ? 一芸に特化していたり、普通とは違う考え方を持っていたりと変人には変わりないけどそれぞれ違う」
なるほど、月島マネージャー。
一体どんな人なのだろうか?
♦︎
そして次の日、月島マネージャーが店に現れた。マスターは勿論川谷さんも普段とは違う雰囲気を出している。
「おはようございます」
「おはようございます」
「あぁ、おはよう」
細身の銀縁眼鏡、歳は30代半ばと言ったところだろうか? 綺麗にクリーニングに出された様なスーツに磨かれた靴。
昨日の川谷さんの話のせいか、ヤクザの会計士みたいな風貌た。
「新入社員諸君、来るのが遅くなってすまないね、私がこのエリアのエリアマネージャーの月島です」
「黒江です。よろしくお願いします」
「塔野と言います。よろしくお願いします」
「よろしく」
そう言って月島マネージャーは笑顔をみせる。あれ? 川谷さんが言っていた様なヤバい感じは見た目以外は全くしないのだけど……。
「桜庭くん、今月の状況を」
「はい、今月は4件の契約が有り、目標金額としては順調です」
「なるほど、数値を見させてもらった感じだと、川谷3件、桜庭1件と言ったところですね」
「はい、山野も惜しい内容は……」
「それはいいです」
「はい……」
「まぁいいでしょう。桜庭、川谷は後で来てください」
ファーストコンタクトとしては緊張感はあるものの川谷さんが言っている様な感じはしないのだけどな……。
話を終えた2人が憔悴しきっているのを見て、やっぱり厳しい人なんだと、それくらいに感じた。
世の中多少変な奴はいるけど、エリアマネージャーになるレベルだ。厳しい感じや詰め方の問題なのだろう。
その日は特に気にすること無く俺は仕事を終え帰る支度をする。
ユーリちゃんも帰ってるし、本屋さんにでも寄ろうかな……新作の漫画でも漁るか。
俺は集めている新刊を手に入れ満足する。
月島マネージャーの事は少し気になるが詳細は明日、店長か川谷さんにでも聞くか。
そんな事を考えながら俺は駅に向かうと、川谷さんが歩いているのが見える。
川谷さん? せっかくだから声かけて聞いてみようかと声を出そうとした瞬間、川谷さんはどこかに向かい手を振った。
待ち合わせか? それならやっぱり明日に……。
え、なんで……。
川谷さんが手を振る先にはユーリちゃんの姿が見えた。
あれ? なんだろ……。
俺は、足を止め悲しさと悔しさと、何故なのか知りたい気持ちとか色々が混ざって頭の中が真っ白になった。
ようやくストーリーが動き始めました!
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