エースは軽いんだっけか?
「なんだよ、清隆〜。さっそくよろしくやっちゃってるんだっけか?」
「いや、そんなんじゃねーけど……」
「まぁ、清隆は恋愛に関してはかなり疎いから、そうなるのも分からなくはないっけど」
「ユーリちゃん、彼氏とかいんのかなぁ?」
「なんだぁ? いよいよ本格的に恋しちゃってるんだっけか?」
「恋かぁ……」
「おい、清隆マジかよ?」
俺は、少し浮いた気持ちを誰かに聞いてもらいたくて喜一に連絡した。
「まぁ、恋もいいけどギルドのサポートもたまにはやってほしいっけどな! ロムりすぎて世代交代しちまったよ」
「あぁ、たまには顔出すよ……」
いつもながらあっけらかんとした喜一だが、話した事でなんとなくスッキリした気持ちになって行くのが分かった。
♦︎
次の日の朝、俺は何となく店に行くのが楽しくなっていた。まぁ、もちろんユーリちゃんに会えるからなのだけど……。
「おはようございます!」
「おはよう。あー、そう言えば新人入ってたんだっけ?」
少しダルそうな返事を返す男がいる。
「黒江です、昨日から勤務しています」
「聞いてる聞いてる、俺は川谷。まぁ頑張ってよ」
少し気の抜けた話し方をしているがスーツや髪型がバッチリ決まっている。少し背も高く整ったいわゆるイケメンがそこにいた。
この人がマスター一押しの戦士なのか?
そんな事を考えているうちにユーリちゃんも出勤して来た。
「おはようございます! あ……初めまして塔野といいます」
「へぇ〜、塔野さん? 営業事務で入ってきたんでしょ? かわいいじゃん」
さらりと"かわいい"と言えるこいつは……そうだ俺が最も嫌いな遊び人タイプ。
「あ……いえ、そんな……」
知っているか?川谷。ユーリちゃんはお前みたいな奴が苦手なんだよ。せいぜい生理的に嫌いな奴ポジションに落ちてしまえ!
「あれ? その鞄おしゃれ、ケイトスペードだよね?」
「あ、はい。そうです」
「就職前だと結構高かったでしょ?」
「はい、でも就職祝いで買ってもらったので……」
「そうなんだ? てっきり彼氏にでももらったのかと思ったよ」
「いえ、彼氏とか……」
「あれ? いないの?」
「……はい……」
こいつマジかよ、ものの数秒で俺が一番知りたかった情報を聞き出しやがった。
新宿東店エース……俺は理由が少しわかった様な気がした。
「おい、川谷。朝から塔野さんを口説くな」
マスターの低く大きな声が響く。
「桜庭さん、別に口説いてないっすよ?」
「いや、口説いていただろう? それより川谷、こないだの契約書目を通して事務に渡してるからもうデータに入ってるぞ」
「あざす! 今日外回り午後1件だけなんでフォロー関係しときますわ」
「そうか、今日は黒江と物件を見て回る予定だから午前中頼むな!」
「了解す、」
マスターに対しても少し砕けた感じなのか?
藤森と近い様な気がするがなんとなく引っかかる感じがするな……。
「……というわけで、黒江。掃除が終わったらいくぞ?」
そうなのだ。
今日は物件を見て昨日見た内容の擦り合わせを行う。データでみるのと実際にみるのとではまた見え方が変わってくるだろう。
俺は川谷という男にだけは絶対に負けたくない。少しでも早く覚えてとりあえず接客に付ける様にならないと土俵にすら立てない。
掃除を終えるとマスターと外にでる。
社用車に乗り、1つ目の物件に向かう。
「なぁ、黒江?」
「はい!」
「お前川谷の事苦手そうだな?」
「い、いえ、そんなことは……」
マスターは声を出さずに笑うと、
「まぁ、俺に無理することはない。だけどな、川谷はすごいぞ? 敵として別で学ぶのもいいし、川谷自体から学ぶのもいい。そのうちあいつの良さも解るだろう」
落ち着いた声でマスターはそう言った。
そこまで言わせられるのはやはりかなりの実力が有るのだろうな……。
「着いたぞ! 実際お客様を連れて行くときは雑談交えつつ着いたらドアを開けてあげるのが基本だ。大体はお客様とは待ち合わせになるのだが、せっかくだからこの辺りも軽くは知っておいてくれ」
車を駐車場に止めると1件目のマンションに向かう。
ロビーが広い。コンシェルジュではなく警備員の様な格好の人も居たりとかなり充実している。
「黒江、こういうマンションは初めてか?」
「は、はい!」
はじめてどころではない。
これはもう、この時点で貴族のお城だ……。
「まず、こういうタイプのマンションは気にされる点2つ。使えるサービスの内容と、管理費などの共益費だ」
なるほど、サービス内容は勿論わかるがそうか月々掛かる費用は実際には家賃みたいな物だからな……。
それから警備員さんに来た事を話すとポストの場所や、ゲストルーム、プライベートジムを見て回る。極め付けはフルで貸し出しの屋上バーベキューだ。
世の中の富裕層とはこんな生活をしているのか……。
しかも買ったとしても共益費や駐車場代でうちの部屋を借りてもお釣りが来る様な価格。
ある所にはあるんだな……。
「黒江、内覧で必要なのはメリットとデメリットをしっかりと伝える事。特にうちの形態ではな……」
マスターは細かく説明してくれる。
普通の内覧ではある程度の説明を行い、色々気になった場所を見てもらいお客様ベースに決めてもらうのが普通なのだそうだ。
だが、うちの場合は富裕層。要は貴族様専用となる以上ある程度目星を付けて来ている。
重課金者は"何かいい物"を探しているのではなく基本的にはこのレジェンド級アイテムが欲しいのだ。そしてこのアイテムが課金するのに相応しいかどうか?を見に来ている。
その違いに目を付け、付加価値を提供する形を作り上げたのがうちの企業。そのため真のターゲットは"そういう貴族様"というわけだ。
「デメリットを納得してもらい、メリットをライフスタイルにマッチさせる……」
「そういう事だ黒江。だが、うちの場合さらにカスタマイズという形でデメリットを消す事も出来る。まぁ、お金はかかるがな」
俺はその日、他にも3件見て回る事が出来た。他の物件はおいおい業務を通じたり空いてる時間で見て回れとの事。
当たり前だが、経験を積むしかないのだろう。
店に戻るとバックヤードで話し声が聞こえる。川谷と……ユーリちゃん?
俺たちが戻った事に気付いたのか、
「桜庭さん、終わったんすか?」
「あぁ、今の主要なところを4件ほど回ってきた」
「……で、どうなんすか? そいつ」
「おい、川谷。新人にそいつはないだろう?」
だが、川谷は目を少し細め俺を見る。
なんだ? もう既に俺は嫌われているのか?
何かしただろうか?
「まだ接客にでてみんと分からんが、理解力は高いから期待できるぞ?」
「そっすか……」
興味があるのか無いのかよくわからない。
すると、川谷は不敵な笑みを浮かべ言う。
「今から来店あるんで入らせてみたらどうっすか?」
「川谷、流石に無理だろう〜」
「塔野ちゃんも頭がいいって褒めてたし、どうよ? 実はやってみたいんじゃ無いか?」
「え……あの……川谷さん!」
えっ? ユーリちゃんが?
俺が目を向けると少し恥ずかしそうにユーリちゃんがつぶやいている。
「でもなぁ、川谷〜」
「厳しかったら俺がフォローしますよ。万が一契約とかになれば引き継ぎますし」
マスターを説得し始めた川谷の口調が変わった。戦闘モード? こいつここまでして俺に恥をかかせるつもりか?
商業ギルドのギルマスを舐めるなよ。
「ま、まぁ、川谷がフォローするなら? やってみてもいいとは思うが……」
「よし! 店長の許可も出たし黒江、入るぞ!」
やってやろうじゃねーか。俺は覚悟を決め返事を返した。
「そうと決まれば、黒江。ちょっとこい」
「なんですか?」
「なんだよ? アポ有りの客になにも情報を得ずに入る気か?」
えっ、今から聞いて行くつもりだったが、意外とまともに教える気あるのかよ?
「すいません、直接教えてくれるとは思っていなくて……」
「なんだよそれ? アポ受けたのは俺だ。引き継ぎくらいはするだろう?」
こうして、20分程川谷から来るお客様の情報を聞く。電話でさらりと聞いたとは思えない情報量に俺は驚いた。
俺は聞きながらメモを取り、聞いた後その情報を元にイメージをする。
「なぁ、黒江。今の情報でどの物件がいいと思う?」
「見たいと言われているのは"オレンジタワー"ですが、今日2件目に回った"エグゼクティブヒルズ"ですかね?」
「まぁ、そういう事だ。それだけわかっているなら上手く勧めてみろ。今日のゴールは内覧の予約までだ。いくつか空いてる日を聞き出したらバックヤードに戻り俺と変われ」
ふと事務の席をみるとユーリちゃんと目が合い、彼女は手を軽く握り頑張れのポーズを見せた。
ユーリちゃんにいいところ見せないとな!
そうこうしているうちに約束の時間が訪れ貴族様の入店を告げる音が俺には始まりを告げるファンファーレの様に響いた。
前作を終えこの作品ももうすぐ10話になりました。
早い!少しづつブックマークしていただいているので頑張って書きます!
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