1-27-4.現場に残された遺体【七瀬厳八】
外には幾つもの赤い光が点灯している。見下ろす窓の下には、先程どよりも多い野次馬が黒山の人だかりを成している。
こいつ等がいなければもう少し早く到着し、一人でも助ける事が出来たかもしれない。もう少し時間があれば自動ドアも何とかできたかもしれない。そう思うとぶつけ様の無い怒りが心の奥底から沸々と湧き起こってきた。
いったん心を落ち着け、店内へと視線を戻す。
店内では先程からカメラのフラッシュの閃光が度々目を射してくる。その度に、所々に転がる被害者達の遺体がサブリミナル映像の様に目の奥に焼き付けられた。
「先輩、被害者は店員と客、全部合わせて十七名です。生存者残念ながら一人もいません」
「そうか……」
「……日曜の夕食時ってのもあったんすかね、結構客が入ってたみたいで……」
九条のその言葉に店内を見回すと死体の山。血生臭さが辺りを包み込んでおり、窓を少し開けて換気してもその臭いが収まることは無い。
しかしこれが目玉狩り事件に関連する事件だとするのならば、被害者の数がこれまでの比ではない。一気に十七人だと……。ふざけやがって。
俺はその中の一人の遺体の前に足を向けた。
先程自動ドア越しに見た化物が引きずっていた男子学生の遺体だ。
目は抜き取られ、頭は割られ、至る所から流血している。足も変な方向に折り曲げられ、よほどの恨みが感じられる仏さんだ。
店内の奥には、この遺体と同じ制服を着た遺体が数人倒れている。恐らくこの遺体の人物と共にここに食事に来ていただろうと思われる。
日曜で学校の部活終わりにどこかで友達同士で遊んで、ここで食事でも取っていたのだろうか。
あまり見たくないが、よく見るとこの遺体と、その一角にある遺体の損傷が一番激しい。
店内にある他の遺体は身体を貫かれての失血死と思われるものが被い。
だが、この学生達の遺体は、ある者は四肢を切断され、ある者は何かで刺した傷が蜂の巣の様に無数にあいていた。口を上下に引き裂かれた無残なものもあった。
どれ程の恨みを持てばここまで出来るのであろうかと思うくらい尋常ではない亡骸であった。そして、皆揃って目玉を刳り貫かれ奪われている。
まるで残虐な獣に弄ばれたような有様だ。
本当にこれをやったのは人なのだろうか。
あの化物は人の形には見えたが、前後の行動からしてもとても人間とは思えなかった。
しかし注目すべきは足元にある男子学生の遺体だ。
この引き摺られて来た遺体だけ他の遺体とは違う。目玉狩り事件の他の遺体と状態が同じなのだ。
目玉狩り……やはり俺の見たあの化物が目玉狩りだったのだろうか。
だろうかじゃない。確実にあいつだ。あいつ以外に考えられない。
でも何なのだ。消えた。あいつは消えたのだ。
なすすべもなくドアの前で暴れるだけの俺の目の前で、あいつは消えたのだ。それは九条も見ていたはずである。
「七瀬警部補」
警官の一人が声を掛けてきた。店の奥で監視カメラの映像を確認していた警官だ。
「何か分かったか?」
「それが……映像が殆ど乱れていて確認できない部分が多いのですが……なんというか」
警官が何か怪訝な顔をする。アレが映っていたのだろうか。
「犯人らしき人物は映ってないんです。それどころか、被害者と思われる人影は突然流血したり体を引き千切られたりしていて……訳の分からない映像になってますよ。まるで現実の物じゃない様な……そう、CGか何かで作った映像みたいになってます。後で鑑識には回しますけど、あれは……いえ、自分の判断ではなんとも言えないですね。すいません」
「わかった。とりあえず回しとけ。後で溝口に聞くよ」
「了解です」
報告に来た警官はそう返事をすると、監視カメラのデータが置いてある奥の部屋へと戻っていった。
しかし……俺の予想とは逆だった。映っていなかったのか。あの時、俺の目にはあの化物の姿がはっきりと見えていたというのに。よもや、あの化物は本当に化物で幽霊か何かだとでも言うんじゃないだろうな。
「先輩、報告、どうします?」
九条が歩み寄ってきてボソッと尋ねて来た。
それはそうだ。あんなものを報告して信じてもらえるものだろうか。
俺達が見ている目の前で、犯人の化物はスマホの中に吸い込まれて消えました何て言えるだろうか。
いや、言えない。
「言えるかよ、あんな事。精神状態疑われて捜査からはずされるのがオチだぞ……それどころか、どっかに飛ばされるかも知れん」
見下ろす遺体に開いた二つの黒い穴が俺を見つめる。どうして助けてくれなかったのと語りかけてくる。
必死にドアを破ろうともがいた。だが、何もできなかったという悔恨の念。俺達は助けようとした。だが、一人も助けれなかったという喪失感。
「お前も―――何か考えろ。当たり障りのない言い訳で、いい報告を」
「いいんすか? ほんとに。俺知らないっすよ。今回の捜査本部の管理管は堅物ですし、後でバレたらどうなるか……」
「バレて本当の事を言って信じてもらえると思ってんのか? 監視カメラに映ってる映像が全てだろうがよ……」
「それはそうですけど」
「俺達の目にも、何も見えなかった。被害者は何に逆らう事も出来ずに身体を引き裂かれて血塗れになって死んで行ったんだよ……」
俺だってこんな事は言いたくない。だが、そう言うしかない。
自分の為。家族の為に。
そんな俺の言葉に、九条はなんとも言えない顔でこちらを見ている。
「んな顔すんなよ。どうせ本当の事をいった所で、誰も信じないし結果は同じだろ」
恐らく目玉狩りの特別捜査本部の方も複数班が導入される事になると思うが……。
この事件が解決される日は来るのだろうか。いや、まず解決には至らないだろう。目玉狩りが人間ではないとしたら、俺達に対抗する術は恐らくない。俺は、一人でも多くのこの街の人々を、目玉狩りの手から守れるのだろうか。
今回の遺体が強く握り締めていたスマホには、見覚えのある例のサイトが表示されていた。前の被害者達も同じサイトを……。
ホラー映画とかでよくある話だ。呪いが伝染して人を殺す。だが、そんなもの実在するのだろうか。警察が呪いだの何だの言い出したら世間に何と言われるか。
俺はこの先どうしたらいいんだ……。