1-27-3.〝目玉狩り〟【七瀬厳八】
九条からバールの様な物をひったくると、すぐさま大きく振りかぶり思い切り自動ドアに叩きつけた。
「でぇりゃあっはぁ!!」
バールの様な物が自動ドアのガラスに接触すると凄まじい音をたてるも、俺が振りかざした武器は悉く弾き返されこちらへと戻ってきた。
「嘘だろ……渾身の一撃だぞ……?」
焦りと不安で、身体の至る所から汗がダラダラとたれてきた。
武器を握り締めるてがジンジンとする。まるでセメントで塗り固められた壁を木の棒で叩いてるかの様である。叩いた部分を見ると、ガラスにはヒビどころか傷一つ入っていない。
ダメだ。
一人でも、一人でも助けねぇと……いけねぇってのに!
気持ちだけが焦る。
「くそっ! もう一回!」
もう一度バールの様な物を振りかぶりドアのガラスへ叩きつける。
「オアアアアアアアアア!」
だが結果は同じだった。先程と同じ様な鉄とガラスのぶつかる激しい音はしたものの、割れることは無かった。
俺の叫び声だけが建物内に虚しく響き渡る。
「どうなってんすか、先輩!? ヒビすら入らないなんてこんな強化ガラス見たことないっすよ!」
「俺が知るかよ! クソがっ! 九条も手伝え!!」
「は、はい」
九条も横に立っていた店の看板を使って自動ドアを叩き割ろうと加勢する。
何度も何度も打ち付ける。だが、二人で何度やっても結果は同じだった。
ビクともしない自動ドアが俺達の前に立ち塞がる。
そして気が付いた。
俺達が自動ドアと格闘している間に、聞こえていた店内からの僅かな助けを求める声すら無くなっている事に。
く……手遅れなのか……?
そう思い手を止めている時だった。奥から見覚えのある服を来た人影が何かを引きずりながら歩いてきた。
それは近くにある霧雨学園の制服。そして、引きずっているモノは人間……だったもの。こちらも霧雨学園の制服を着ている。
引きずっている方も引きずられている方も血まみれである。緑色の制服に血の赤が混ざり、どす黒く染まっている。引きずられている方は引き裂かれた身体を見るに、既に事切れているのだろう。ピクリとも動かない。
奥から歩いてくる人影の姿が徐々に鮮明に見えてくる。
だがその姿は何処かおかしい。
見えてきた人影は異様に手が長い。人二人分はあるだろうか。宙を漂う様に人影から生えるその手は、手の平に目玉がついている。
そう、先ほど見た手だ。目の前に倒れる女性を突き殺した目玉のついた手だ。
目玉? 手に?
いや、手だけではない。頭からも無数の目玉が覗き辺りをギョロギョロと見回している。生きている者は残っていないか、いたら必ず探し出して殺す。そんな殺意に満ちた感情が感じられる目。
「先輩、あれ……」
九条も同じモノを見ているようだ。
俺の気が動転して錯覚を見ている訳ではなさそうだ。
異様なモノはそこにいる。
その人影は店内に人がもういないのを確認したかの様に、引きずっていた遺体をゴトンと地面に落とした。思わず遺体の方に視線が映る。その遺体の顔にはあるはずのものがなかった。目玉が無い。
〝ミ・ル・ナ……イ・ラ・ナ・イ……〟
不気味な声が耳に入ってきた。
同時に目の前の人影から触手の様な物体が勢いよくこちらへ伸びてきた。
ガラス越しにも自分が襲われるのではと少し後ずさってしまう。だが、それの標的は俺ではなかった。自動ドアを挟んだ向こう側に倒れる女性の遺体に伸びてきた触手が絡まり、何かを探すようにうねっている。
目玉だ。目玉を探しているのだ。指は目玉の位置に気が付くと少しずつ頭蓋骨の目の窪みに沿って触手の先に生えた爪を押し込んでいくと、くるりと両方の目玉を刳り貫き、弄ぶように潰した。
腹の底からこみ上げてくる嫌悪感。
吐気がしてきた。今まで俺が何件も見てきた死体の出来る様を、今まさに目の前で見ているのだ。
そして、異様なモノの触手はスルスルと縮んでいき、短く普通の長さに戻る。戻りきったその位置を見て分かった。今のは触手ではなく指だ。アイツの指が伸びてきているのだ。
静かにその場に佇む異形な姿は一仕事を終えて休んでいるようにも見える。
「目玉……狩りか……?」
堪え切れそうに無い吐気と共にふと頭に浮かんだ言葉。俺が小さく呟いたその言葉を聞いて九条も驚いたように、俺とその人影を交互に見る。
ドクン、と心臓の鼓動が高鳴る。少しこちらに距離を詰めてきたヤツの顔がはっきりと見える。
目に入ったその顔は始めて見るものではなかった。いつ、いつ見たんだ。はっきりと思い出せない。だが、俺は以前にコイツの顔を見た事がある。ぼんやりと視界に入っただけで直視しては見ていないかもしれない。
サブリミナルの様に一瞬しか見ていないかもしれない。だが確かに見覚えがある。
呆然とその姿を見ていると、その異形な化物は俺達の事など気に留める様子も無く、先程引きずって来た男子生徒の遺体の手に強く握り締められているスマホの中へとスルスルと吸い込まれるように消えていってしまった。
何だ。今のは……。
九条も俺と同じ心境の様で、唖然とした顔で自動ドアの向こう側を見ている。
化物が消えたと同時に開く自動ドア。
同時に店内から嫌な臭いが一気に漏れ出してくる。
ここ最近、何度同じ臭いを嗅いだ事だろうか。鼻を突く生々しい臭い。
開いた自動ドアに、目の前で殺された女性店員の遺体が倒れこんで来て自動ドアに挟まれる。自動ドアは完全に閉まる事が出来なくなり、幾度と無く開閉している。
先ほどアレだけ殴りつけたのにビクともしなかった自動ドアが、今は何事も無かったかの様に、いとも簡単に開いているのだ。立ち尽くす俺達の目の前で開閉する自動ドアに貼られた店のイメージキャラクターの笑顔が、まるで俺をあざ笑っているかの様だった。




