1-24-5.死にたくない【天正寺恭子】
「失われた命を取り戻す事は出来ん。だが、迷える魂を救う事は出来るかも知れん。だから協力しろ。私の問いに大して知っている事があるなら答えろ」
それほど伊刈の両親はあの子を大切にしていたんだ。そんな事、改めて思うほどの事ではない。大多数の親と言うのは子の事を大事に思っているものなのだ。たとえ血が繋がっていなかったとしても。
私だって大切な人を失う辛さは知っていたはずなのに。
揺らぐ気持ちが胸を締め付ける。そして、一気に気分が落ちると同時に、取り返しのつかない事をしてしまったのだと今更気付く。この知らせで私の心に開いた穴は一生消えないだろう。
「落ち込んでいる所悪いのだが、聞きたい事を聞かせてもらってもいいか」
影姫に協力して何かが解決に至れば、私の罪は少しでも償われるのだろうか。
影姫の言っている事が仮に事実であるとして、目玉狩り事件の犯人の正体が伊刈だとしたら私は絶対に狙われる。正直死にたくない。緑や美里みたいになりたくない。生きていたい。
「ええ……」
全身の力が抜ける。影姫の顔が見れない。全部他人のせいにしていた自分が恥ずかしい。
私は間接的ではあるが人を殺してしまったのだ。伊刈や伊刈の両親だけじゃない。目玉狩りに殺された緑や美里や他の被害者も私が殺してしまったようなものになる。
最初は緑や美里にそそのかされて気が進まずにやっていたとはいえ、止めなかったのは私自身の意思である。私の責任は大きい。
他の被害者……。ニュースの記事でチラッと見た名前を思い出すと気づいた事があった。
大貫まち、小枝哲夫。
ちょっとまって、よく考えたら他の被害者も伊刈の虐めに関係してた人ばっかりじゃない。何でそこまで頭が回らなかったの。
大貫先輩も小枝も二人とも伊刈に……?
じゃあやっぱり、次は、私……。
「伊刈早苗のスマホを知らないか。どこかで見かけたとか」
いらぬ考えを頭の中で駆け巡らせていると、急に声をかけられハッと影姫を見る。
すると、彼女もこちらを見ており、そんな私を怪訝な目で見つめていた。
伊刈のスマホ……。
私達がわざと投げたり落としたり踏んだりして傷だらけになっていた。意外と頑丈だった見たいで壊れはしなかったみたいだけど……最後に見たのは廊下に落として画面が割れた時、だっただろうか。ふざけて投げてパスして落として……思いっきり踏んだ……画面にはヒビが入って上履きの靴跡が残っていた。
それを見て伊刈は大泣きしていた。その時はそれを見て可笑しかった。腹の底から笑えた。体に蓄積されたストレスがスッと抜けて行った気がした。
でも今思い返すと……。私は何をしていたのだろう。何の為にあんな事をしていたのだろう。まるで目に見えぬ何かに操られているかの様に、感情を無くして伊刈を虐め抜いていた。
「私が覚えてる範囲で最後に見たのは、伊刈が自殺した日よ……あの日、私達が……スマホ落として画面割ったから……すごい泣いてた……周りの目もくれないで、すごい泣いてた……廊下にうずくまって割れたスマホ抱えて……私達それ見て笑って……」
言葉がスラスラと出てこない。
虐めていた内容なんて、その時その時ですぐに頭の中から消えていた。だが、改めて思い出すと自分がどれだけ酷い事をしていたのかというのが克明に頭に刻まれていく。
今自分の身が危険に晒されていると言う事を聞いて、更にその事を問われて脳裏に刻まれたその光景と共に罪の意識が押し寄せてきた。
「クズが。少しでも逆の立場になって物事を考える事が出来ないのか。地獄の鬼畜生でも理由無き粗暴は振るわんぞ」
影姫のその言葉に反論する余地もない。あげく、その後に屋上に閉め出し、放置してその場を離れた。
「わた、私は何で、あんな事を……してたの?」
「知るか」
その後、伊刈が自殺して、その死体を見て逃げた。屋上の鍵も緑と美里には逃げる途中に捨てたと言った。自分が自殺に追い込んだと思われるのが嫌だったから。だけど鍵はまだ……。
誰が私に屋上の鍵を渡したのかとかそう言う問題じゃない。鍵を使った私が全部悪い……。文字通りのクズだ。手にしても鍵を使わなければあんな事にならなかったかもしれない。いや、遅かれ早かれ……。
「という事はスマホは学校にある可能性が高いな……しかし桐生はどれだけ探しても見つからなかったと言っているし……ふりだしか。もしくは別の手を考えた方が早いか……」
そう言うと影姫は立ち上がり私の前に立った。そして私を見下す。怒りと嫌悪感が混じった眼差し。
顔を上げて見返す事が出来なかった。胸が痛い。キリキリと締め付けられるような感覚に囚われる。
「私はもう行く。貴様は反省しろ。反省して伊刈に殺されるなら殺されろ。仮に生きて残れたとしても、この先の人生を、悔いながらせいぜい生きろ。どの道、貴様は遅かれ早かれ、行き着く先は地獄だ。どう足掻いてもな」
影姫はそう言い残すとその場を後にした。
私はどうすればいいんだろう。どうすることも出来ないのか。影姫の言う通りに生きていくしかないのか。
死にたくない。
身動きがとれず呆然と地面を眺める中、ただその思いだけが頭の中を過った。