1-24-1.イライラする【天正寺恭子】
土曜日の四時限目。
色々な事を考えて、担当教師の言葉も殆ど耳に入らないまま日本史の授業が終わる。
「君達~、今日やった所の復習しときなよー、復習ー。抜き打ちテストやるからねー」
「それ言ったら抜き打ちじゃなくなると思いまぁす」
教師の言葉に男子生徒がチャチャを入れる。
「あはは、確かにねー」
教科担当の柴島がそう言い残して教室を出て行く。そして、それを見送った生徒達たちはそれぞれに席を立ちばらけて行く。
今日の授業はコレで終わり。部活に向かう奴、掃除を始める奴、一緒に帰る為に声を掛け合う奴。
だが、私の周りには誰も来ない。声を掛けてくる人間など一人もいない。
クソッ! イライラする!
そんな感情が沸いて出てくる。新学年になってからいつもそうだ。こいつら、先月までヘラヘラと媚びる様に近寄ってきてた癖に……。都合のいい時ばっかりちやほやして、何かあったらこれか。
私はお金を持っている。こいつらが一生かかっても稼げない程の金がうちにはある。私のお父さんは地方だけど有力な議員なのだ。
貧乏人共が、腐った目玉で私を見ている。見られている気がする。そんな目で見るな。
なんで……なんで私ばっかり……また一人にならないといけないのだろうか。あの時も、今回も……。
私は何も悪くないのに。あいつが勝手に死んだから、根性なしが少しの時間も耐えないで飛び降りやがったから。
だから私がこんな目に合っている。死んでまで私をイラつかせるなんて本当にクソだ。やはり、関わらなければ良かった。緑と美里がそそのかしてきたせいで……。
新学年になってから美里以外に話しかけてきた奴は誰一人いない。
始業式の日は美里もいたのに、緑に続いて美里まで。二人が死んだからって寄ってたかってこれだ。人を腫れもの扱いして。
次はお前だってか? 伊刈の呪いだっていうの?
誰よ、そんな変な噂流した奴。呪いなんてあるわけないでしょ。
誰かが伊刈の復讐をしてるですって?
馬鹿馬鹿しい、あんな奴の復讐なんてする奴いるものか。偶然だ、偶然。
町を徘徊してる異常者が偶然二人を殺したのだ。
クソッ! クソッ!! クソがっ!
怒りでこぶしが震える。震えた手に持つシャーペンの芯が、筆圧に耐え切れずポキリと折れる。
誰? 誰なのよ……。
あの日私の机の中に、あの手紙と屋上の鍵を入れた奴。あれさえなければこんな事にならなかったのに。
あれさえ私の手元に来なければ、変わらぬ日常がまだ続いてたはずなのに。
教室を見回す。まるで汚い物を見る様な目で私を見てたくせに、顔を上げると誰も私と視線を合わせようとはしない、皆が揃って目を逸らす。
お前ら、お前らの中にいるんだろ。それともクラス替えで別れた奴なのか。屋上の鍵を私に使わせた奴。
何が『屋上の鍵でーす。ストレス発散にご活用ください♪』だよ。
舐めやがって。その結果がこれだ……。
孤独は嫌なのに。もう一人ぼっちは嫌なのに!
何もしないから私に恨まれないとか思うなよ……。お前ら覚えてろよ……。私はお前らの顔と名前、絶対忘れないからな……。必ず後悔させてやる……。絶対絶対後悔させてやるからな。
「て、天正寺さん……」
心の内で怒りを爆発させていると、急に声をかけられた。
「なによ!?」
考えてた事が事だけに、声を荒げてしまう。その自分の声でハッと我を取り戻し、目線だけで辺りを覗う。
私の大声で、何事かと視線がこちらに集まってきてしまっている。だが、私が教室を見回しているのに気付くと目線をすぐに逸らす。
「なによ……」
話しかけてきたのはクラスメイトの一人だった。話をしたことはない奴だ。名前もわからない。今年初めて一緒のクラスになった奴か? 何にせよ顔を見た感じ好意的に話しかけてきたという訳ではなさそうだ。
「あの、あの人が天正寺さんを呼んでくれって」
声の小ささとおどおどした様子から、嫌々伝えに来たのが丸分かりだ。教室のドアの方を指さす。ドアの方には白髪の女生徒が一人、こちらを見て立っていた。
「それと、片付けてくれないと掃除が……」
「わかってるわよ……」
そして、私がその生徒を確認したのを見ると、私に言伝した生徒は、そそくさと離れて行ってしまった。
 




