1-23-4.思いの丈【桐生千登勢】
「早苗ちゃんが飛び降りた日、あの時……天正寺達が早苗ちゃんを屋上に閉め出す所、偶然見ちゃって……でも、天正寺達がこっちに来るのに気付いて、見つかるの怖くて、階段脇のトイレに隠れて……」
「それで?」
「助けようとしたの。その後、天正寺達が行ってから屋上の扉を開けて助けようとしたの! でも、悲鳴の方が先に聞こえて、気が動転して訳が分からなくなって……最悪の事態しか考えられなくなって……」
黙って私の話を聞く影姫さんの顔には曇りが見える。耳障りの言い話ではないのは私も分かっている。
「掲示板……この学校、よくない噂話とかの掃き溜めみたいになってる掲示板があるんだけど、そこにもその事を書いて暴露しようかと迷ったんだけど……私、虐めグループの御厨さんがあの掲示板の管理してるって聞いた事があって、もし特定とかされたら次は私が虐められるんじゃないかと思って……書きたい事かけなかった」
「御厨? 私が座っている席に座るはずだった生徒ですか。たしか私が転校してくる数日前に……」
「うん。例の目玉狩り事件で……」
書けば天正寺達が殺したも同然と皆に広めれたかもしれない。でも、「私は真相を知っている」としか書けなかった。それ以上は指が震えて書き込めなかった。
いくら書き込んだ時が匿名でも、開示請求とかされれば身元がばれてしまうと知っている。それを行う人脈も財力も天正寺は持っているのだ。
度胸がない。意気地なし。今思えば私は本当に自分の事しか考えてなかった。自分で自分を責めるけど、何度掲示板を開いてもそれ以上の言葉は書き込めなかった。
「私、早苗ちゃんの事助けてあげられなかった……助けたら自分が虐められるんじゃないかって思って、早苗ちゃんの事遠ざけちゃった……。でも、早苗ちゃんは違ったの」
そう、違った。
早苗ちゃんは私の事を怨んでいると思っていた。
「最後に聞こえた会話の中で私の事を庇ってくれてたの知って……影姫さんの言ってる事が本当だったら、私、助けてあげたい。今度こそ早苗ちゃんの事助けてあげたい。早苗ちゃんが私を許してくれるかはわからないけど、出来る事があるのなら何か力になりたい」
……。
少しの沈黙。影姫さんはこちらを見てはいるものの、口を開かない。聞いているのだろうか。
「あ、あの……」
「いや、すいません。 話し難い事まで話してくれて感謝します」
私に向き直ると一礼する。
「私に、何か出来る事は……ないの?」
聞いてみる。聞いている話が本当ならば、私に出来る事はないのかもしれない。でも、何かしたい。
「桐生さん。相手はすでに何人もの人間を殺しています。今貴方が私に情報をくれたというのが何よりの協力であると思います。親友であった伊刈早苗さんを助けたいという気持ちは察しますが、これ以上は関わらない方がいいでしょう。身を危険に晒す事になります。後は私に任せて……」
「でも! それだったら影姫さんだって……警察に任せたりした方が……それとも、幽霊とかだったら霊媒師とかそういう人に頼んだ方が……」
そうだ。今された話が本当なのであれば、影姫さん自身だって危険なはずである。
犯人像の報道などはまだ一切されてはいないものの警察だって事件に関しては捜査してるはずだ。犯人の見当くらいつけてもおかしくない。でも、犯人がそんな幽霊みたいな存在だなんて警察は……。
それに、何でいち高校生の影姫さんが……。
「ありがとうございます。ですが、私も自身が極力危険に晒されないよう情報を集めて、対処方法を模索している所です。それと、こういった件については特殊な力のないただの〝人〟である警察は当てになりません。どうしても桐生さんの力が必要になるのであれば、また声を掛けさせていただきます」
キーンコーンカーン……。
特殊な力のない人……?
影姫さんの言葉に疑問が残るが一時限目前の予鈴が鳴ってしまった。
気がつけばもうこんな時間なのか。聞いた所ではぐらかされそうな気がする。
「もう時間です。教室に戻りましょう。ありがとうございました」
結局私に疑問が残る形で終わってしまった。
影姫さんが今までに見せた事のない薄い笑顔を見せる。それは、私を元気付ける為の精一杯のものに感じた。




