1-23-1.日直の日の朝【桐生千登勢】
朝。日直であった私は、この日少し早めに登校した。
誰もいないであろうと思い職員室に鍵を取りに行ったが、鍵は既に鍵棚には無かった。
既に誰か来ているのかと思い到着した教室には、同じくなぜか早く登校している陣野さんがいた。窓から入る朝日に白い髪をきらめかせ窓際に立ち窓の外を眺めている。
その姿には、普通の学生には感じられない不思議な雰囲気が漂っている。
学園全体を見ても他の生徒はまだ教室へは来ていない。
この時間、大体の生徒は部活の朝練で部室棟の方にいる。
そして、教室に入って来た私に気が付いた陣野さんは、こちらに気が付くと振り返り歩み寄ってきた。
「おはよう」
「お、おはよう。早いんだね」
真っ直ぐに目を見つめられて挨拶をされ、少しどもってしまう。
「ええ、今日は少し早く目が覚めたもので……。しかしよかった。最初に来たのが桐生さんで。少しお話があるのですが宜しいですか?」
「え? 話? 私に?」
「ええ、少し聞きたい事がありまして」
「聞きたい事……?」
「ええ」
そして私は陣野さんによって教室から連れ出された。
私個人に聞きたい事。教室にはまだ誰もいなかったし場所を移動する事もないだろうとは思ったのだが、よほど他人に聞かれたくない質問なのだろうか。
一時限目が始まるまではまだ時間があるが、私に聞きたい話とは何だろうか。指名で聞きたい事となると学校の事ではないだろう。
となると、最近転校してきた陣野さんに聞かれる事に心当たりが無い。
陣野さんとはお昼は一緒に何度か食べたが、二人で話をした事はまだない。
あまり笑ったりしないし、笑顔になっても何処か冷めていて表情が冷たい事が多いので、正直少し苦手な人である。
何というか、心の内を人に悟らせまいとずっと構えている雰囲気がある。
教室を出て少し歩くと、目の前を歩く陣野さんが足を止める。
「ここでいいですね。いつもあまり人がいませんし、後から人も来なさそうですから」
立ち止まったのは屋上へ続く階段の踊り場。ずいぶん教室から離れた所だ。
あれからまばらに目にするようになった生徒達も、この一角には誰もいない。
よほど他人に聞かれたくない話なのだろうか。
そして、ここは私にとってはあまり居たくない場所。思い出したくない記憶が蘇ってくる。
話があるのなら聞くが、早々に切り上げて場を離れたかった。
「あ、あの、もうちょっと別の場所にしない? 別にこんな離れた場所まで来なくても、さ」
ぎこちない作り笑いを浮かべながらそう声を掛けるが、陣野さんは依然済ました顔でこちらを見つめている。
「この場所ですと何か都合の悪い事でもあるのですか?」
不思議そうに聞き返してくる。
そうか、陣野さんは転校してきたばかりだから早苗ちゃんの事は知らないんだ……。
なら、一瞬嫌な事を聞かれるのかと思ったが、それも私の早とちりだろう。
「いや、ううん。いいよ。別にここでもいい……うん」
慌てて一度否定したものを取り繕う。しかしこんな人気のない場所で何の話だろうか。
まさか、愛の告白? い、いや、女同士でそんな事は……私は別にいいけど周りの目が……。
頬に手をやり一人で赤くなっていると陣野さんが口を開いた。
「少し聞きたい事がありまして……ん? どうかしましたか? 顔が赤いですけど」
告白ではなかった。何か残念なような気もしたが、私に聞きたい事とは何だろう。
転校してきて数日しか経っていないので、人気のない所に呼び出してまで聞きたい事もまだないと思うのだけれど。それに、私より陣野君や烏丸さんに聞いた方が早い気もする。
「い、いや! なんでもない! なんでもないよ! ちょっと熱っぽいのかな? で、何かな? 答えれる範囲でだったら……」
妙な勘違いをしてしまって慌てて取り繕うが、陣野さんは頭にハテナを浮かべたような怪訝な顔をしていた。
「なんでもないのならいいのですが……では……聞きたいのは、伊刈早苗さんについてです」
咳払いをコホンと一つし、気を取り直しての質問。
……!
陣野さんの口から出た名前に驚きを隠せなかった。




