1-22-3.父の遺品【陣野卓磨】
「タイミングが悪かったな……卓磨、聞いておったのか」
見送りを終えた爺さんが玄関先から戻ってきた。
「途中からだけど……なんだよあいつら、人のこと散々言いやがって」
彼等が去り誰もいなくなった玄関を見る。今からでも家を飛び出てあいつ等の背中にとび蹴り入れたいくらいの気持ちだが、それももう無理だろう。車のエンジン音が聞こえたし、もう遥か遠くへ行ってしまっている。
「そう言うな。彼らの怒りも最も。悪いのはワシじゃからな。本来なら卓磨は学校へ行っている時間じゃ。鉢合わせるつもりは無かったのじゃが……まぁ、事が事じゃし仕方ないじゃろう」
客間でされていた話の内容は影姫に関しての事だった。それにあいつ等の身内の誰かが影姫の持ち主になるはずだったと言う事も聞いて取れた。
目論見が外れて腹が立つのは分かる。でも、あそこまで言う事ないだろう。
「俺の、せいなのか……?」
そう言うと爺さんは少し暗い顔で若干顔を俯ける。その顔は何とも言えない複雑な表情で、その心の内は読み取れなかった。
「卓磨、あいつ等に関してはお前が気にする事ではない。……じゃがな」
自室に向いて歩いていく爺さん。俺も付いてくるように促され、爺さんについていく。
そして爺さんの自室に辿り着くと、部屋に入るなり奥の棚で何やらごそごそと探している。
そんな姿を俺は部屋の入り口の外から眺める。爺さんの部屋はなぜか部屋に入るのを躊躇われるからだ。何故かと言うハッキリとした理由はない。だが、爺さんの部屋に足を踏み入れると、何か心に嫌なものをぼんやりと感じるのだ。
それは昔からだった。
「卓磨、こっちにきなさい」
促されるまま、部屋の中に入り爺さんの元へと足を向ける。
爺さんは棚から取り出した長方形の木箱を座敷机の上に置くと、座布団の上に腰掛ける。
爺さんの目の前に置かれた箱は、何処か高級感を漂わせた桐で出来た上品な箱だ。しかし、その箱には風をするように、読めない文字のようなものが書かれたお札が数枚貼り付けられていた。
「そこに座りなさい」
促されるままに座敷机を挟んで爺さんの向かい側に座る。
俺が座ったのを確認すると爺さんがその箱に貼り付けられたお札を丁寧に剥していき、慎重に蓋を開けた。
同時に、昔から感じていた嫌な感覚が俺に向けてハッキリと伝わってきた。昔から感じていたものの正体はこれだったのだ。
解放された箱の中には小さな赤い珠が一つついた数珠が入っていた。綺麗な珠だ。部屋の電灯の光を浴びて、妖艶な輝きを放っている。大きさからして手首に付ける物だろう。
「もう浄化はほぼ終わっているはずなので大丈夫じゃと思うのだが……」
爺さんは俺に聞こえるか聞こえないかくらいの小声でそう呟き、数珠に手を添える。
「あ奴等の言う事も尤もな部分もある……。これをお前に渡しておく」
爺さんは数珠空手を離し、箱を俺の方へと押し差し出した。
「これは?」
近くで見るとその輝きの繊細さが見て取れる。内部で幾重にも反射を重ね、放出される反射光はキラキラと光を辺りに散らしている。
「屍霊に関しては……影姫から聞いたか?」
「ああ」
「本来ならばワシから色々と説明せねばならなかったのじゃが……そうか、影姫からある程度は聞いておるだろうな。卓磨、お前ははっきり言って屍霊と戦う力がない。だが、影姫と共にいる以上、この先は昨晩の様に危険に晒される事が度々あるじゃろう」
そう、まさに今、危険に晒されている。いつまた襲われるか分からないと言う恐怖が常に俺の心の片隅に佇んでいる。というか度々って……それが本当ならマジで勘弁してほしい。
「これはお守りじゃ。可能性は未知数じゃが、卓磨の魂の根底に秘められた未知なる力を引き出す事が出来るかも知れん。それは、今すぐかまだまだ先の事かは分からんがな」
こちらに寄せられた箱から数珠を手に取ってみる。だが、手にした所でこれといって俺に変化が現れたとは思えないし、石にも変化が見られない。スピリチュアル的な何かを感じるわけでもなく、いたって普通の数珠である。
「これを肌身離さず身に付けておけ。少なくとも、影姫がおらん時はな」
そう言うと爺さんは数珠の取り出された桐の箱の蓋を閉めた。よく見ると蓋の端には小さく『静磨』と筆で書かれている。
父さんの遺品なのだろうか。
「これがあったら、屍霊に襲われないとか……戦えたりするの?」
「残念じゃが……屍霊を払うとかそういう物ではない。それと戦えるかも分からん。仮に敵と対峙したとしても、卓磨にそれ相応の覚悟や資質がなければ何も起きん。元々何の鍛錬もしておらん者が使える代物ではないからな。運に身を任せるしかないかもしれん」
なんだよ……覚悟とか資質とか……。なんというか、主人公級のいきなりチート的な能力とかじゃないのかよ。結局、昨日みたいに逃げ回る事しか出来ないのか。
「あいにく、ワシは影姫が対峙する屍霊と戦えるほどの体力も残っておらん。しかし卓磨に今から鍛錬をしろといった所で、それも無理な話じゃ。それに賭けるしかない」
「もし……もしさ、その秘められた力ってのが出てこなかったら?」
爺さんが目線を逸らし、言い難そうな表情をする。察しはつくのだが、聞かずにはいられない。
「ワシも責任の一端を担っておるので、あまりこういう事を言いたくはないのだが……死は覚悟しておけ」
思った通りの回答である。素直にうんと頷ける答えではない。
「あくまで万が一の話じゃ。勿論ワシはお前に死んで欲しいわけじゃないし、危険に晒すのも心が痛む。だからワシも出来る限りのことはするつもりじゃし、影姫を知る者にもサポートは頼んでおく。気楽にしろとは言えんが、あまり気を詰めるな」
その後、俺は気になる事がいっぱい合ったはずなのに何も聞けなかった。色々な事がいっぺんに押し寄せてきて疲れていたのもあるし、頭の整理が全然付かない。
まるで別世界に飛ばされた気分だ。
爺さんとの話の後、俺は力なく立ち上がると部屋に戻った。
影姫は今、学校で情報収集をしてくれているはずだ。
この年で死にたくない。俺も対策を考えなければ。どうするか考えよう。解決するかも分からない事象を理由に仮病を使ってずっと学校を休むわけにも行かない。
明日は日曜日だ。一日ある。考えよう……。