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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第一章・初めての怨霊
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1-18-1.モンブラン【陣野卓磨】

最終更新日:2025/3/19

 カチッカチッ……カタカタカタ……。マウスとキーボードを軽快に操作しながら、パソコンの画面に目を向ける。

 画面右下には、現在の時刻である十六時四五分が表示されている。部屋の中は静かで、機械音だけが響き渡っている。


 閲覧しているのは、友惟ともただから教わった学校裏サイトの掲示板だ。

 帰宅後ずっとそのサイトを見つめているが、特に何も起こらない。友惟の話通り、掲示板は荒らしが跋扈ばっこしており、カオスと呼ぶにふさわしい状態にある。文字コードを変換しても意味をなさない文字化けが含まれたスレッドが数多く立ち、荒廃が極まっている。


「何を見ているんだ?」


 デスクに向かって座る俺の背後では、影姫かげひめが部屋の中央辺りに置かれたローテーブルに腰を下ろし、着物姿でのんびりとこちらを眺めながら、栗のモンブランを口に運んでいる。

 そのモンブランは、祖父と影姫が外出先で購入してきたものだ。普段なら俺が楽しみにしている栗のモンブランだが、今回は影姫に奪われてしまった。祖父が買ってきたものは栗がトッピングされていないシンプルなものだったが、影姫が栗を大好物と知り、俺の意見を聞く間もなく取り上げてしまった。普通ならジャンケンで取得権を争うところだろう。


「ネットだよネット。そのくらい分かるだろ」


「ふーん」


 興味なさげな返事の後、ズズズッと紅茶を啜る音が聞こえてくる。

 ちらりと影姫を見ると、彼女は俺の方を顧みることもなく、目の前の甘味に夢中になっている。口には出さないが、興味がないなら最初から尋ねないでほしいと思う気持ちが湧いてくる。


 小さな苛立ちを抱えながら、画面をスクロールしていく。

 最近立てられたスレッドもいくつかあるが、どれも奇妙な内容ばかりだ。投稿日以外が文字化けで読めないものが多い中、稀に読めるものもある。それらは、管理人が失踪したとか、既に死んでいるなど、勝手な憶測が書き込まれたものだ。


 そんな中、管理人や目玉狩りの事件とは無関係で、気になるスレッドが一つ見つかった。


〝二年のJ氏、学園近くの喫茶店でハーレム! 女子に囲まれニヤける男! 許せぬ裏切り行為!〟


 書き込み時刻は昨日の昼過ぎで、投稿者名は「名無しの一年生」という匿名だ。だが、これを書いたのは二階堂か三島に違いないと確信する。


「はぁ……こんなモンここに書き込んでどうすんだよ……誰も興味ないっつーの」


 マウスのホイールを回しながら、心の声が漏れ出て大きな溜息をつく。すると、影姫が再び口を開いた。


「ねっと、と言うとテレビで網でも買うのか?」


「は?」


「通信販売なら私も知っているぞ。電話で頼むヤツだろ? しかし、網は実際に目で見て買った方がいい。不良品をつかまされると取り返しが付かんからな。……それにしても最近のテレビは薄いんだな。その右手に握っている小さいのがリモコンか? ボタンが少ししかないな」


 影姫はフォークを指先でくるくると回しながらモンブランを食べ、こちらを見ずに妙なことを口にする。

 口に物を入れながら話すのは行儀が悪いと思いつつ、一度に質問されると面倒に感じる。


「はぁ? お前、インターネット知らんないのか? 爺婆じゃあるまいし……今時は幼稚園児でも知ってるぞ」


 影姫は俺の言葉に反応し、フォークをカチャリと皿に置いて、咀嚼していたモンブランを飲み込んだ後、近づいてきた。顔を横から覗き込み、画面に目を向ける。


 距離が近い。ふわりと良い香りが漂ってくる。

 これはモンブラン由来の栗の香りではなく、学校の廊下で女子とすれ違った時に感じる、シャンプーと混じった異性の匂いに似ている。一瞬ドキリとしたが、その香りはどこか懐かしく感じる匂いであった。だが、その匂いをどこで嗅いだことがあるのかは思い出せない。まるで記憶の奥底に閉じ込められたように。


 口元にはモンブランの食べかすが付いており、影姫はそれに気づいていない。

 いつ落ちるかとヒヤヒヤするが、指摘すべきか迷う。


「私は元々この手の家電は昔から触らないから疎いんだ。現代にある文明の利器という物に興味はあるがな。教えてもらえると助かるんだが?」


 影姫が話すと、口元についた食べかすがマウスを持つ俺の手の上に落ちてきた。汚らしい……。


 だが、疎いと言ってもこれほどとは思えない。

 今や中学生がスマートフォンを持つ時代で、小学生ですら持つ場合もある。パソコンをテレビと混同するような人は、現代ではかなり珍しいだろう。俺たちの年齢層では、まず見つからないタイプだ。


「で、何だ? この真っ黒い画面は。テレビの様な見る者を楽しませるというわけでもなさそうだな。それにチラチラして見難い。こんな物をずっと見ていたら目を悪くするぞ」


 目を細めて掲示板の画面を見た後、興味を失ったのか、影姫は踵を返してローテーブルの方へ戻った。

 再び座布団に腰を下ろし、紅茶を飲み干して口元を拭う。拭くなら俺のそばに来る前にやってほしい。


「大丈夫だよ、ブルーライト低減用のカットシートも貼ってあるから」


 ブルーライト低減シートの効果のほどは正直わからない。だが、気休めにはなる。


「ブルーライト? 色を出す為に青い懐中電灯か何かがその薄い画面の中に仕込まれているのか?」


 影姫との会話はリズムが狂う。何を知っていて何を知らないのかが掴めない。

 本当に俺と同じ年なのか疑問が浮かぶ。知識が古いものに偏っていて、何十年も前の時代から来たかのような感覚を受ける。


「あっ」


 影姫への不信感を抱きながらぼんやりとサイトを見ていると、突然重要なことを思い出した。

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