5-42-3.毒刀・鬼蜘蛛【霧竜守影姫】
「ほら、どうした。選べないなら俺が選んでやるよ。赤がいいと言った子はぁ、全身切り刻まれて血まみれになって殺されるー、ってか?」
そう言いながら持っている武器を凄まじい速さで振り回す美濃羽。大鎌の斬撃と鉄球による打撃が嵐のように飛んで来る。
その度にはじけ飛ぶ火花と鳴り響く金属音。両腕から出した刀で弾き返す事しかできず、相も変わらず防戦一方である。
「すました顔してるが、やべぇんじゃねぇのか? ホラホラ、押されてるぞ? どうしたどうした。白がいいと言った子は、鎖で巻かれて圧迫されて殺されるーっ」
私が真にこのままでは勝てないと思っていると悟られてはいけない。何とか打開策を講じ、この状況を抜け出さねば何ともならない。
「……ぐぅあっ!?」
額に激痛が走った。脳が揺れ、視界がかすむ。
少し、ほんの少し意識を逸らしてしまった一瞬のことであった。
「青がいいと言った子は、鉄球で押し潰されて死ね」
忘れていた。こいつ、口から鉄球を吐き出すのであった。今まで受けていた攻撃が少しパターン化してきていた事に油断が生じてしまった。
「おうおう、痛そうだなぁおい。しかしなんて石頭だよ。鉄ででもできてんのか? 普通の人間ならベッコリ凹んでるぞ。ククツ」
美濃羽が鉄球の直撃で吹っ飛ばされた私を見つめて嫌な笑いを上げる。
嫌な空気だ。一方的に責められるのは気分のいいものではない。
私はこのまま甚振り嬲られ殺されるのか?
いや、駄目だ。そんな弱気な事でどうする……。
しかし思い返せば、目覚めてからあまりいい所がなかったな……。
やはり駄目か。普通の高校生が契約者じゃぁ……。
「まぁ、そろそろ終いだ。俺は九条と違って戦いを楽しみたいなんて趣味はこれっぽっちもないんでな」
そう言い私の元へと歩み寄り、大鎌を振り上げた。
だが、その時、全身を妙な感覚が走った。眼で確認する事は出来ないが、そう遠くない場所に大きな力を感じる。先程まで感じられなかった力だ。
敵ではない。となると、卓磨か蓮美かその辺の人物。だが、以前役所で感じた蓮美のものとは違う。となると……。
「死ね」
大鎌が振り下ろされる一瞬前、体内に鼓動が感じられた。自分のものではない。すぐさま咄嗟に胸部に手を当て捻じ込んだ。
入る。取り出せる。
ズブズブと自身の拳が体内にめり込んでいく。
そして刀を鞘から引き抜くように手で弧を描く。
「!?」
頭上でギリギリと鍔競合う大鎌と刀。今まで私の出していた刀ではない。しっかりとした刀身を持つ禍々しい気を放つ月紅石が埋め込まれた刀。
「卓磨、ギリギリか……」
一気に刀を押し返し美濃羽を鎌ごと弾き飛ばす。だが、私の変化をいち早く感じ取ったのか、美濃羽も同時に背後へと飛びのいていた様で手ごたえは薄かった。
素早く立ち上がり前を見ると、普段よりも視線が僅かに上がり、力が溢れてくるのが分かる。
いつ以来だろうか。懐かしい感覚、久々の力だ。
「なんだ、てめぇ……急に背が伸びやがったな……いままで手ぇ抜いてたって事か?」
相手の表情は分からない。口調も冷静そのものだ。だが、相手の周囲に僅かな空気の乱れが感じられる。
表向きは冷静を装っていても内では動揺しているのだろう。
「好きで手を抜いていたわけではないがな。時間があるかどうか分からん。即刻終わらせるぞ」
「ほざけよ」
美濃羽が再び大鎌を構えると、嫌な空気が此方まで流れてくる。だが、それも一時の事だ。次の瞬間にはなくなっているだろう。
「斬り捨てるぞ。鬼蜘蛛」
足が軽やかだ。先程までに受けたダメージも、微々たる物だ。狙いを定め、地面を蹴り、風と一体になる。
身が軽い。やはり私はこうでなくては。
「……!?」
先程まで前方にいた美濃羽が、今は私の後ろにいる。お互い背を向けていて美濃羽は今何が起こったのか理解していないだろう。
刀を地面に向けて一振りすると、臭いモノを斬って刀身にこびり付いたどす黒い血がビュッと地面に飛ばされる。
相手に手の内を見せる前に殺す。
相手が動揺して次の一歩を踏み出せないうちに殺す。
先手必勝。
「て、テメェえええええ! 何しやがった!」
焦る声に後ろを見ると、鎌を握っていた右手を上腕から切り落とされて血を吹き出す美濃羽の姿があった。地面にカランと転がり落ちて紅い珠へと戻る大鎌。逃げれない様に上半身ごと切り落とすつもりだったが、勘がいいのか咄嗟にかわされてしまったようだ。
いや、久しぶりで私の勘が鈍っているのか。
「くそっ! 何だこの斬り口……っ! 再生が……出来ねぇ……!」
それに気がつき美濃羽の焦りが一気に加速する。鬼蜘蛛の毒が美濃羽の傷口を侵食しているのだ。屍霊如きが浄化できる代物ではない。
「さっさと殺せばよかったものを、いたぶり遊んでいた報いだな。後悔してあの世へ逝け」




