5-41-6.交戦【陣野卓磨】
「はぁ……どうでもいいけど、君らに狂ってるとか人を何人殺したとか言われたかないね。逆に聞くけど、君らは殺した人間達の事覚えてるのかい? 名前や、背格好や、死に際の顔をさ」
「……」
黙りこむ伊刈と鴫野に、九条がそれ見た事かといわんばかりに鼻息を漏らす。
「覚えてないだろう、あの様子じゃ。なら、いつまでも覚えて記憶に留めている僕の方が素晴らしい精神の持ち主だと思うけどね」
「私達がそうなってしまったのは全部あなたのせいでしょう……!」
呆れるような仕草をする九条に対して伊刈が肩を震わせている。
「あのさぁ、何度も言ってるけど、僕にそうさせたのは誰さ。元を辿れば君達でしょ。伊刈さんは、自分が人を殺してしまったのは僕のせいだと言いたいみたいだけど、何度も言ってるようにそれはそれは違うでしょ。さっき僕にどの口がほざいてるみたいな事言ってたよね? その言葉、鴫野と伊刈さんにそっくりそのままお返しするよ」
九条の顔からは二人に対する謝罪の念は微塵も感じられない。それどころか、人を殺した自分を正当化しているのだ。俺にはどちらが悪いとは言えないが、人を殺すのが悪いという事くらいは分かる。
そして俺は思った。過去に二人の事が無くても、九条は人を殺していた。それは間違いない。この人はそう言う歪んだ精神の持ち主なのだ。今ここで止めないと、この人はこの先も人を殺し続けると。
「アンタって奴は……っ!」
鴫野が五指の巨大カッターナイフを伸ばした手を振りかざし九条へと突進していった。その顔はもう人のものではない。同時に、伊刈も両手から指を伸ばして鴫野の援護に回る。
「おお、怖い顔して。でも、それでも君はキレイだよ。ククッ」
大きく振り下ろされた鴫野の攻撃をいとも簡単に赤いナイフでいなす。
俺の目の錯覚なのか、九条のナイフの刀身が一瞬伸びたように感じた。
なんだ、あのナイフは。
「流石に二人がかりにナイフ一本じゃキツイかな」
そういいもう一本のナイフを素早く腰元から取り出し、迫り来る伊刈の爪を素早い動作で軽々と弾いていく。此方の見た目は普通のナイフだ。
「十二年前に死ぬべきだったのは、健じゃ無くてアンタだったのよ!」
鴫野の大降りの横なぎが九条を襲う。だが、それもスッと伸びた赤いナイフによって受け止められてしまう。大きく鋭い金属音が耳に響く。嫌な音だ。まるで耳の奥まで鉄の棒を突っ込まれて擦られているような不快感が頭を襲う。
「ああ、鴫野の家でも同じ様な攻撃を受けたね。でも、今回は違うよ。このナイフが僕に大きな力を与えてくれているからね。それに君の攻撃は大降りで単純だから防ぎやすい。屍霊だった頃の記憶はないのかい? 経験がまるで生かされてないな。そんなでかい武器じゃ無理かもしれないけど、もっと考えて動かないと」
九条はそう言うと、素早く鴫野の脇腹へともう一本のナイフを突き立て、引き抜いた。
「……っ!」
それに怯んで一歩たじろぐ鴫野。
相手がかつての同級生だというのに、刺す事にまるで躊躇いがない。
「キレイだけど、僕が愛した君にそんな顔は似合わないな。二度とまた出てこれないように僕がもう一度殺してやるよ」
「ぐっ……」
鴫野の脇腹から血が流れ落ちる。
屍霊状態ならば再生能力はあるはずなのだが、それも追いつかないようだ。刺された箇所を押さえて肩で息をする鴫野はとても苦しそうにしている。
「どうしたの。二人じゃぁまだ役不足なんじゃないのかい? 卓磨君も攻撃に混じった方がいいんじゃないかなぁ。君も何かできるんでしょ? 君はまだ何かを隠している気がする。このままじゃ、三人無駄死にだよ?」
再び迫り来る伊刈の触手を切り払いながら不敵な笑みをこちらに向けてくる。
俺は何も隠していない。屍霊を召喚して自身を守ってもらう事しか出来ない。
対して九条のその動きは最早人間のそれではない。あの形状を変える赤いナイフが力を与えてくれているとか言っていた。あれは間違いなく月紅石だ。しかも、理事長から聞いた武装タイプという奴だろう。俺のとはタイプが違う。俺は、俺は自分自身を強化できるような能力は……。
「陣野君、あの人の口車に乗らないで。陣野君が直接戦えるような力を持っていないのは私達も知ってるから。あなたが殺られたら、私達まで消えてしまう。そうしたら……あの人は」
「わ、分かってる……けど」
情けないが伊刈の言う通りだ。俺が出張った所で瞬時に刺されて殺されるのがオチだ。
何か、何か俺に出来ることはないのか。




