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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第五章(第一部最終章)・すべての真実はヤミの中に
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5-41-5.再会【陣野卓磨】

 咄嗟に呼び出した伊刈と鴫野。九条春人はその二人の姿を見て目を丸くしている。

 それに対して呼び出した二人の表情は、見るからに怒りを露わにしている。恐らく俺の見た記憶が、数珠の月紅石を通じて大方伝わっているのだろう。呼び出して記憶を見た訳ではないので、彼女等が今どんな心境でこの場に立っているのかが全く分からない。

 ただ、そんな中でも〝怒り〟と言う感情だけは伝わってくるのだ。


「へぇ……見てた感じ、君が二人を呼び出したように見えたけど……卓磨君の能力は記憶を見るって事だけじゃなかったのか。ふーん、驚いたな。少しは楽しめそうかな?」


 九条が嘗め回すように二人を見ている。その表情は驚きというより、楽しみが増えたという風で、たじろく様子は微塵もない。


「伊刈早苗、それに鴫野か……二人ともまた会えるなんて、嬉しい事この上ないね。何を怒ってるのかよく分からないけど」


 口角を上げ、嫌な笑みを浮かべる九条に対して、二人は嫌悪感を露わにしている。

 『何を怒っているのか』などと、どの口が言えたものだろうか。この人には自分のした事への罪悪感と言うものがないのだろうか。


「陣野君、今ここで私がコイツをブチ殺しても、誰も文句言わないわよね」


 そう言い両手の指全部を巨大なカッターナイフへと変形させる鴫野。瞬時に全部の手の指が巨大な鉈の様なカッターナイフに変貌する。


「え、え? ちょ……っ」


 俺が命令するまでもなく敵意を剥き出しである。


「私も、同じ気分」


 いきなりの鴫野の提案に戸惑う俺に対して、伊刈は伊刈で鋭い爪のついた指を触手の様に伸ばして身構えている。


「おいおい、鴫野は何をそんなに怒ってるんだい? 小学校からの付き合いだったってのに、僕に刃物を向けるなんて悲しいなぁ。……伊刈さんもだよ。折角親身になって相談に乗ってあげたのに、逆恨みだなんて。ククッ」


「しらばっくれて……全部知ってるんだからね。ウチや伊刈さんの家族滅茶苦茶にしといてどの口が……」


「ははっ、全部知ってるってか。……でもそれは、両親をなくした僕を優しく慰めてくれたのに、鴫野が僕の気持ちに気付かないどころかあんなヘタレに靡いたから悪いのさ。いや、鴫野は僕の気持ちに気がついていたはずさ。それを蹴って小路の所に行ったんだ。ヒトを弄んだのはお前だよ、鴫野」


「この勘違いクソ野郎が……友達が落ち込んでたら誰だって慰めの言葉の一つくらいかけるでしょうが……」


 九条の表情が徐々に変わっていく。前までの様なにこやかな笑顔はもうない。それは鋭い目つきに冷淡な顔。それはもう刑事の顔ではなかった。記憶で見た、殺人鬼の顔。


「伊刈の両親だって、自業自得だろ? 僕のせいじゃない。金に釣られた守銭奴の末路さ」


「でも、伊刈さん自身は関係ないでしょう。虐めをけしかけておいてよく言う……!」


「折角戦邊に大金叩いて記憶を消してもらったのに、まさかこんな形でバレるとはねぇ。でもまぁ、関係ない事はないね。薄汚れた魂を持った人間の子供なんて、生きている価値はないさ。母さんを見殺して、金で口をつぐんだ奴は、みんな天正寺明憲と同罪だ」


「許さないから……っ」


 その言葉に伊刈が業を煮やしたのか、何の前触れもなく九条に向けて触手を伸ばす。だが、伊刈の攻撃は九条がどこからともなく取り出したナイフによって、いとも簡単に弾かれてしまった。爪とナイフがぶつかり合う金属音が辺りに響き、真っ赤な火花が飛び散る。

 九条の反応速度、動き、それはとても人間とは思えない速さであった。


「……!?」


 伊刈もそれに驚いている。屍霊相手ならともかく、人間があんな動きをするとは思わなかったからだろう。

 伊刈の触手を弾いた、九条が手に持つ赤いナイフ。形状が普通のものではない。それに、どこか不思議なオーラを放っているかのように見える。

 まさか、あのナイフ……。


「いやいや、怖いねぇ。ムカつくから殺そうってか? 確かに、君のクラスメイトに虐めをやるように指示したのは僕だけどさ、元凶は君の両親だって事わかってるのかい?」


「私の両親が殺した訳じゃないのに!」


「まぁ、殺したのは天正寺明憲だ。君の両親じゃないのは間違いない。でもね、君の両親は口をつぐんで嘘をついたことで、母さんの魂を殺したんだ。死んだ人間をまた殺したんだよ。真実さえ公になって、天正寺が罪さえ償えば、僕もここまですることはなかったさ。……多分ね」


 そう言う九条に鴫野が言葉を放つ。


「でもアンタ、その他にも沢山人を殺してるでしょ。百歩譲って私や伊刈さんには理由があったとしても、それはどう弁解するつもりよ」


 冷静を装ってはいるが、怒りを隠せない鴫野が九条を凝視している。鴫野の目が赤くなり、口が裂けかけている。屍霊の顔が覗きだしているのだ。吐息も少し荒くなってきているように感じる。人の顔を保てない程の怒りがこみ上げてきているのだろう。


「車谷の事か? アイツは僕と鴫野の思い出の詰まった家に放火したから悪いのさ。放火は大罪だからね。昔からそうでしょ」


 ナイフを弄ぶようにくるくると回転させながら、楽しいかった事でも思い出すように語る九条。

 その顔には人を殺したという罪の意識が微塵も感じられない。

 どこか壊れている。俺はそう感じた。


「それとも―――茅原か? ああ、確かに赤マントに紛れて殺した子供達は……可哀想だったのかなぁ? でも、今にも爆発しそうな僕の心をその命で満たしてくれたんだから、あの子達も満足だろ? そうに決まってるさ。その上、美しいオブジェになって人々を魅了できたんだからこの上ない最期だろう。お先真っ暗なこの国の未来を過ごすこともしなくてよくなったんだから救われたんじゃないかな」


「心が薄汚れてんのはアンタだよ、九条……」


「そうかい? それは考え方の違いかな? 僕は殺した相手の顔も声も名前も、全部鮮明に覚えてるんだ。彼等は僕の心の中で、生き続けているんだよ。僕がいる限り、彼等は最後までキレイな姿でいられるんだ」


「何言ってるの、コイツ……散々人の命を弄んでおいて……狂ってる……」


 伊刈も堪えきれないのか、頭が割れて幾つもの目玉が飛び出してきている。伊刈と鴫野のそんな姿を見ていると、だんだんと不安になってきた。俺は二人を制御できるのかと。まさか、このまま怒りに任せて元の屍霊に戻ったりしないだろうなと。

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