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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第五章(第一部最終章)・すべての真実はヤミの中に
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5-41-1.赤い森【陣野卓磨】

 貴駒峠のトンネルを越えた場所にある空き地。そこに到着し車を降りると、辺りは異様な雰囲気ふんいきに包まれており、押し寄せる冷たいものが感じられた。山林に程近いというのに清々しい空気など一切なく、周囲を包む空気はとても重苦しく気分が悪くなってきた。


「蓮美、我々が到着するまでは手を出さないのではなかったのか」


 影姫もガードレール越しに斜面下に広がる森の方を見つめている。辺りが暗いせいもあって、ここからではどうなっているのかはよく確認できないが、遠くから聞こえてくる様々な声から、既に何か始まっているのは明白である。


「そのはずだったんだけど……どうなってんのかな。相手が動いたのなら連絡が来るはずだし、それに関しては何にも連絡が入ってないし……」


 頭をかきながら少し困り顔の蓮美の向こうで、立和田がスマホを確認している。


「あ、あれっ! 赤い光が見える。警察ももう来てるんじゃないのか?」


 森の奥の方を見ると、パトカーらしき赤色灯の光も見える。そんな俺の声に頷く立和田。


「蓮実さん、坂爪から連絡が入ってます」


「え? あ、ホントだ」


 蓮美は立和田の言葉に自身のスマホを取り出し画面を見る。


「森の中に死体人形ゾンビが大量に沸いているそうですね。敵の屍霊の中に霊力屍霊サイコゴーストが一体いるとの事で、殺られた警察官やウチの組員数名が次々と死体人形ゾンビ化していると……若頭は無事なようですが、かなりマズイ状況になっているみたいです」


「うっそ、マジかー。警察にしちゃ動くの早いじゃん……。そりゃそうか、身内が容疑者だし犯人確保に急いでる感じか……こりゃ予測してない事態が起きてるって事かな」


「蓮実さん、急ぎましょう。このメッセージも数分前のものですから、若頭が心配です」


「そうね。GPSは生きてる?」


「今のところ大丈夫なようです。追いかけましょう」


 蓮美と立和田はそう言うと、何の躊躇もなしにガードレールを飛び越えて斜面をスルスルと降りていく。


「卓磨、私達も行くぞ。気を抜くなよ」


 影姫もそれに続き、俺も恐る恐るガードレールを跨いだ。まさにその時だった。

 嫌な風が森の方から吹き抜けてきた。

 全身を包む生ぬるい風が、俺の不安を一気に駆り立てた。


「な、なんだ?」


 俺を含めて四人とも突然の出来事に驚きを隠せずに立ち止まる。すると、辺りの風景が一気に赤く染まって変色していった。


『貴様等全員場所換え(シャッフル)だ……せいぜい逃げ惑え。生死をかけた鬼ごっこと、洒落込もうじゃないか』


 そして突然辺りに響いて聞こえてきた聞きなれない男の声。

 次の瞬間、視界に入る風景がまるで昔のブラウン管テレビに映された砂嵐のように歪み見えなくなると、次に現れた風景は一瞬で知らない光景に変わってしまった。


「あ、あれ? 影姫!?」


 周りをグルッと見回し声をかけるも、返事どころか影姫の姿が全く見えない。それだけではなく蓮美や立和田もいない。何がどうなったのかが全く分からなかった。急に一人にされた事で焦りだけがどっと押し寄せる。

 今の状況に理解が追いつかず、軽くパニックを起こしそうになったが、頭の中に「おちつけ」と何度も言葉を投げかけて平静を保とうとする。


 改めて辺りを見回すと、風景の全てが赤い。立ち並ぶ木も、地面に広がる土や雑草も、上空も全てが赤い。様々な赤色が入り乱れ交差している。

 そんな赤い森の中に広がる僅かな開けた場所。そこに俺はいた。


 この赤い景色、もしかして、屍霊の固有領域なんじゃ……また閉じ込められたのか。しかし相変わらず、付近から助けを求める声や唸り声が聞こえてくる。先程まで見下ろしていた貴駒峠横の森である事は間違いなさそうなのだが。


 そんな風景を見ていると再び不安がこみ上げてきた。固有領域に閉じ込められた時はいつも他に誰かがいたのでここまで不安になることはなかった。

 落ち着け、落ち着くんだ。一人になって焦っている場合じゃない。とりあえず何をしなければならないか考えろ……。


 影姫を探すか……?

 いや、まずは伊刈と鴫野を呼び出して自分の身を守れる状態を作っておくんだ。

 そう思い、数珠に意識を集中する。


 すると、背後からガサガサと草をかき分ける音が聞こえてきた。その音にビクッと肩を震わせ固まってしまう。


 味方か? それとも敵か?


 もし敵だったらと思うと、振り返るのが怖い。だからと言って背を向けたまま固まっていても埒が明かない。


「あれぇ? 残念、ハズレかぁ。美濃羽が余計なことしてくれちゃったから探すの面倒になっちゃったよ」


 聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。

 緊張感の欠片もないその声は明らかに俺に向けられている。


「まぁいいや。君がいるって事は影姫ちゃんも来てるって事だよね」


 恐る恐る振り返る。


「じゃ、まずは君から殺っちゃうか」


 いた。そこにいた。九条春人。あっけらかんと不気味な笑顔を浮かべながらこちらに殺意を向ける殺人鬼。

 九条春人その人がそこにいた。

 手には赤いナイフ。その様子が今までの俺が知っている九条ではないという事は一目で分かった。


挿絵(By みてみん)


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