5-40-2.隔離【九条春人】
「なんだか、騒がしいねぇ」
小屋から少し離れた場所。四方八方から聞こえる叫び声や唸り声。
茅原親子が暴れ周り、もうこの森は戦場と化している。見ないでも分かる。至る所で血飛沫が飛び散り木々や地面に叩きつけられ、そこには様々な感情が渦巻いているのだろう。
「来るのは警察だけじゃなかったのか。変な奴等も混じってるな」
美濃羽が辺りの様子を伺うように、仮面の奥に光る目をギョロつかせながら立ち尽くしている。
「恐らく、黒服連中は或谷組……屍霊退治の専門連中だろうね。茅原芽依理が遊び半分に街をうろちょろしてた組員何人か殺したみたいだし、根に持ってるんでしょ。でも、来るとは思ってたけど警察と同時に来て鉢合わせるとは予想外だったよ」
「……それにそいつ等が妙な行動をしていた様だ。結界でも張って俺等を分散させて逃げられないように閉じ込めるつもりだったか。しかし考えが甘いな。相手の力も精査せずに乗り込んでくるとは屍霊対峙の専門家が聞いて呆れるな」
「或谷組の連中がどうしてそんなヘマをしてるか知らないけど、その辺の頭脳的存在が不在だったんじゃないかな。僕と赤マントが契約して更なる力を手に入れてるなんて誰も知らないだろうし」
「……警察も無様だな」
「そりゃあ、警察は屍霊がいるなんて知らなかっただろうしね。中には屍霊って言う存在すら知らないで来ている警官もいるかもしれないし」
「フン……甘い甘い。どれだけ甘いか思い知らせてやるよ。それと、一端この地を離れる前の餞別だ。皆殺しにして幾多の魂を厄災への手土産にしてやる。そうすりゃフォーグラー卿も喜ぶだろう。お前が取り入る隙も出来るかも知れん」
「だったらありがたい話だね」
赤マントはそう言うと、持っていた大鎌の柄を地面に突き立てた。
鎌に繋がれた鎖がジャラリと音をたてて地面に叩きつけられる。
「逃げるのは俺じゃねぇ。お前等だ。お前らがしようとした事をそっくりそのまま返してやる。それがどういうことかを思い知らせてやるよ」
美濃羽がそう言うと、鎌を突き立てた地面から赤い風景が歪みながら一気に広がっていく。同時に背筋に走るゾクゾクとした感情。前にも感じた事がある。呪いの家に閉じ込められた時だ。あれを美濃羽がまたやってくれたのか。
逃げられない、そして逃さないこの空間。まさに狩りをするにはうってつけの空間だ。
「貴様等全員場所換えだ……せいぜい逃げ惑え。生死をかけた鬼ごっこと、洒落込もうじゃないか」
赤い木、赤い草、赤い土、赤い森。そして夜空に輝く紅い月。全てが赤い。呪いの家の時のような半端な赤さではない。動物的な生物以外の全てが、外も中も血のように赤い世界。歪んだ赤い世界は、貴駒の景色そのものを変えてしまった。
「残念だね、こんなに赤くちゃ刺した後に美しく輝き広がる血溜りが見えなくなっちゃうよ。ハハッ」
「……」
僕の言葉に美濃羽はチラッとこちらに顔を向けるが、そのまま何を言うこともなく顔を背けて飛び立って行ってしまった。
赤マントの影だけが地面に残り蠢いている。
その影は再び人の容を模ると何を言うでもなく森へとゆっくり消えていった。
「そっかそっか。君等も役所で影姫にやられた恨みがあるんだよねぇ。多分彼女等もここに来てるだろうし、どっちが先に見つけ出すか勝負ってとこか。ハハッ」
とは言ったものの、僕には特定の人物を探知する能力などない。研ぎ澄まされた感覚で近くにいる人間を察知するくらいだ。となると、警察は正直相手するのは面倒だし、僕が探すべきは陣野君か或谷組の親玉か。
この魂救済の殺人短剣を存分に試すのならば、やっぱり或谷組の親玉かなぁ。まぁ、どっちでもいい。楽しみなことに変わりはない。




