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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第一章・初めての怨霊
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1-16-1.保健室で【陣野卓磨】

最終更新日:2025/3/17

 目を開けると、そこには見覚えのない白い天井が広がっていた。

 このような場面は、これまで漫画やアニメで何度も目にしてきたものだ。しかし、それが現実として己の身に降りかかるとは、夢にも思っていなかった。静かな驚きとともに、頭の中でその不条理さを反芻する。


 周囲はカーテンで仕切られており、外の様子を窺うことは叶わない。薄暗い空間の中で、俺は置かれた状況を冷静に観察していた。心の中には不安が渦巻くが、表面上は理性を保とうと努める。


「ここは……どこだ」


 大まかな見当はついていたものの、状況に合わせて無意識に呟いた言葉だった。

 意識が戻ったばかりの頭はまだぼんやりしており、口をついて出たのは、まるで物語の主人公を気取ったような台詞だった。


「保健室だよ。しょうもないテンプレワード言い放ってんじゃねぇよ」


 友惟の呆れた声が耳に届いた。

 寝たまま首を横にすると、そこには友惟が立っていて、その横で霙月が椅子に座っていた。


卓磨たっくん卓磨たっくん! よかったぁ!」


 霙月は抱きつくことはしなかったが、心配そうに身を乗り出して俺を見つめていた。その瞳には深い安堵が宿り、一筋の涙が頬を伝っている。彼女のその表情に、俺は胸が締め付けられる思いだった。彼女がどれほど心配していたのかが、言葉以上に伝わってくる。


「俺の……俺の弁当の中身は何だったんだ……」


 意識が徐々に鮮明になるにつれ、頭に浮かんだのは「弁当」という単語だった。昼にまだ何も口にしていなかったこと、そして弁当を開ける前に意識を失ってしまった記憶が蘇り、それが気になって仕方なかった。日常の中での些細な疑問が、なぜか今は大きな関心事として心を占める。


「何言ってんだよ。もう六時限目も掃除も終わったぞ。昼に踊り場でぶっ倒れてからずっと寝てたんだよ。人の心配をよそに弁当かよ。俺らがお前についてた時間返せってーの」


 友惟の言葉には、苛立ちと安堵が混じり合った響きがあった。確かに、友人の立場からすれば、心配するのも当然だろう。俺は自分の軽率な呟きに、内心で苦笑いを浮かべた。


「ずっと付いててくれたのか……」


「いや、俺達はさすがに授業の時間は外したけどな」


 友惟の言葉に、霙月も「うんうん」と頷いている。

 当然といえば当然だ。好きな相手ならともかく、親友とはいえ男友達にずっと付き添うのは現実的ではない。俺はそう納得しつつ、視線をずらして時計を見た。針は十五時三四分を指している。どうやら三時間ほど眠っていたらしい。この静かな時間の中で、体の回復を感じ取る。


「藤林先生がね、ズズッ、疲れが溜まって寝てるだけだろうってね、ズズッ、言っててね、でもね、心配で……」



 藤林とは保健室の担当医だ。カーテンが閉じられ、室内の様子は見えないが、先生が顔を出さないところを見ると、今はここにいないのだろう。霙月が鼻水をすすりながら、たどたどしく状況を説明してくれる。半分聞き取れない部分もあるが、その懸命な気持ちはしっかりと伝わってきた。彼女の優しさが、俺の心に静かに染み込む。


「心配でね、掃除が終わったら飛んできたの」


 霙月もずっと居てくれたわけではなかったらしい。それでも、彼女の行動からは深い気遣いが感じられた。俺は、改めて自分がどれだけ心配をかけてしまったかを痛感した。


 意識が飛ぶなどという経験は初めてだった。寝起き特有の倦怠感はあるものの、体調が悪いわけではない。あの踊り場で倒れた理由が、まるで謎のまま残っている。

 何だったのだろう、あの光景は。踊り場で見た奇妙な情景が、今もなお鮮明に脳裏に焼き付いている。あれが現実だったとしたら、伊刈が屋上に出た経緯は……。この曖昧な記憶が、俺の心に微かな不安を植え付ける。


「すまん。心配かけたみたいで……それにしても、寝てただけならそんなに心配することないだろうに」


「だっで、死んだみたいに寝てたんだもん! 声かけても、脇腹つついてもまったぐ反応なぐで。スン」


 霙月を見ると、涙は止まっているものの、まだ鼻水をすすっている。その様子に、俺は申し訳なさと愛おしさを同時に感じた。彼女の純粋な心配が、胸に温かく響いた。


「あれだ、昔の事思い出したんだろ」


 友惟が一歩近づいてきて、俺の顔を覗き込む。その視線には、どこか懐かしさと呆れが混じっていた。


 友惟が一歩近づいてきて、俺の顔を覗き込む。その視線には、どこか懐かしさと呆れが混じっていた。

 友惟の言葉に、俺は少し時間を置いて記憶を辿る。過去の出来事が頭の中でぼんやりと形を成し始めた。この静かな瞬間が、なぜか心に重みを加える。


「昔あっただろ。霙月の帽子が強風で飛ばされてよ。木に引っかかってお前がそれを取りに木によじ登ってよ」


 友惟が面倒くさそうに説明を始めた。

 その言葉に促されるように、記憶の片隅から一つの出来事が浮かび上がる。小学生の頃、霙月の帽子が強風で飛ばされ、木に引っかかった時のことだ。俺は彼女の涙を見過ごせず、勇気を出して木によじ登り、なんとか帽子を取り戻した。しかし、降りる途中でバランスを崩し、木から滑り落ちて頭を打った。打ち所が悪かったのか、三日間意識が戻らなかったという。その間、霙月は泣きじゃくりながら俺の傍にいたらしいが、病院で目が覚めた時には彼女の姿はなく、代わりに母さんが付き添ってくれていた。この過去の出来事が、今の状況と奇妙なリンクを成しており、俺の心に微かな感慨を呼び起こす。


「ああ、あったな。そんな事。でも今とそれとじゃ状況が違うだろ」


 友人に付き添ってもらえるのは、嬉しい反面、どこか気恥ずかしい。俺はそんな複雑な心境を抱きつつ、照れ隠しに視線を二人から逸らした。


「普段からダラダラしてるお前が、疲れ溜まって倒れるなんてにわかに信じがたいけどな。もう大丈夫そうか?」


 体に違和感はない。意識が飛ぶ直前に扉にぶつけた頭の痛みも引いているし、他に異常もないようだ。俺は自分の状態を冷静に確認し、友惟の問いに答えた。


「ああ、大丈夫そうだ。寝たいっちゃあ、もうちょっと寝たいけどな。布団から出るにはまだ身に染みる寒さだぜ」


 頭をかきながら身を起こし、布団から出る。すると、霙月が何も言わずに制服の上着を持ってきて、そのまま着せてくれた。


「あ、悪いな」


「ホントに大丈夫?」


「大丈夫だっての。俺が大丈夫じゃない時に大丈夫だとか言うと思うか?」


「それはそうだけど……」


 霙月はまだ心配そうな目つきでこちらを見つめている。俺は制服を整え、埃を払う。霙月の気遣いはありがたいが、ぶっちゃけ大袈裟だなと内心で思う。


「んじゃー、お前大丈夫そうだし、俺等帰るわ。保健室は開けっ放しでいいって藤林先生言ってたけど、霙月はこれから部活行くのか?」


「ううん、もう練習始まってると思うし、今日は休む。卓磨たっくんが心配だから家まで付いていく!」


「昨日も部活休んでなかったか?」


「大丈夫だからっ」


 霙月は鼻をハンカチでかんでから、友惟の問いに小声で答えた。そのハンカチを見て、俺はふと違和感を覚える。どこかで見た覚えがある。あれは、もしかして俺のハンカチでは……?昔から、霙月のこういうところは変わらない。俺は小さく首を振る。懐かしさはあるが、霙月の過剰な心配性には呆れるばかりだ。


 そして、三人は保健室を後にし、帰路についた。

 俺は、さっき見た奇妙な光景を二人に話すべきか迷った。あの踊り場での出来事は、今も頭から離れない。しかし、話せばまた別の意味で心配をかけるかもしれない。俺はそう考え、あの光景を胸の内に留めておくことにした。

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