5-39-6.足止め【白鞘琴子】
七瀬を見送り気が抜けると、全身に倦怠感が一気に押し寄せてきた。目の前にいる怪我人を見捨てる事が出来なかったとはいえ、魔法まで使うべきではなかったのかもしれない。
急いでグリムの魔導書をバッグにしまい地下室へと向かう。
本来なら、私が陰ながら卓磨君達のバックアップをするつもりだったのに、思わぬ所で力を使ってしまった。この調子では、私が赤マントの所に行ったところでお荷物になってしまう。静磨さんでさえ完全に滅し切れなかった屍霊だ。今の卓磨君や影姫に倒せるかどうか分からない。あの時バス停で見た時よりも成長していると言う事を願うばかりだ。
地下に降り、扉に手をかけ開けようとするも、先程までは軽く開いた扉がすごく重く感じる。
「んっ……!」
力を込めて扉を引くと、重々しい音を立てながら徐々に開いていく。
目に入ってくるのは先程も見た二人の少女。恐怖で憔悴しきっているのか、表情がない。だが、私の姿を再び見ると、少しだけ気力を取り戻したようだ。
「あ……」
先程無下に扱ってしまった為か、私に対する期待感は感じられない。二人に近づき手足を拘束している赤い布と白いロープに触れる。
これは人間が作ったものではないというのが瞬時に分かった。屍霊が虚から創り出した物体だ。通常の刃物などでは、なかなか歯が立たないかもしれない。
部屋を見回すと、机の上に彫刻用の小刀があった。それに手を取り、自身に残された僅かな魔力を込める。
そんな私を不審な目つきで見る二人。刃物を手に取った事で警戒心が生まれてしまったのかもしれない。
「待ってて、すぐに楽にしてあげるから」
そう言って刃物を手に笑顔を二人の方に向けると、二人は縛られたまま少し後ずさってしまった。
「い、いや、殺さないで……」
視線は、私の持つ僅かな青い光を放つ小刀に向いている。
「勘違いをしないで。縛ってる縄を切るだけだから」
そう言って二人に近寄ると、それぞれの手足に縛られている白い縄に内から小刀を当てる。なかなか固い。
ポケットからクシャクシャになっていた札を一枚取り出すと小刀を刺し再び魔力を込める。正直魔力は今ので限界が来ているかもしれない。
これは、状況からして赤マントが巻いた縄だろう。なぜ殺さずに生かしているのかは分からないが、切れなくはなさそうだ。
力を込めて刃を上にしギリギリと斬り付けると、僅かに赤黒い火花が飛び散る。私の魔力と赤マントの力が鬩ぎあっているのだ。負けるわけには行かない。
「な、何ですかこれ……普通のロープじゃ……」
「集中してるから今は話しかけないで。気を抜いて焦ったら何が起こるか分からないから」
黙る二人。それから数分、何とか全ての縄を切り終わった。何か罠が仕掛けてある可能性もあったが、それは私の考えすぎであった様だ。よもや、この特殊なロープが切断されるなどと思っていなかったのだろう。それだけ私はこの場にイレギュラーな存在であるようだ。
恐らく、七瀬があの傷から回復して仲間の下に駆けつけるのも、この二人が救出されるのも予想だにしていなかった事なのだろう。それだけに、少ない魔力を使い果たして陣野君たちの加勢に行けないと言う事が悔やまれてしまう。
二人は解放されて安堵したのか、目尻に涙を浮かべている。
「あ、ありがとうございます、あの……」
「お礼はあと。早くこの小屋を離れるわよ。何だかすごく嫌な予感がするから」
もう、おちゃらけた喋り方をしている余裕もない。
私がそう言うと、二人は頷き顔を見合わせた。本当に嫌な予感がする。早く出ないと、今の私ではこの二人を守りきれるか分からない。
まさか、ふと思い出して何か使える物はないかと寄ったお父様の小屋で、こんなに足止めを食らうとは思っていなかった。
立ち上がり扉に手をかける。
が、遅かった。
上から幾つもの低い唸り声が聞こえる。屍霊ではないが、それに属する存在だ。
気配からして霊力屍霊がよく使う死体人形か……いわゆるゾンビという奴だ。恐らく、死体の一部を集めていた〝メリーさん〟の手だ。死体人形になったのは、大方警察官か或谷組、それと今まで被害者となった人間か。人形術師である私と人形遊びをしようなどとはいい度胸をしている。
……。
バッグを上においてきてしまった。迂闊だった。こうなるかもしれないという事は予想できたはずなのに、魔法を使った事により意識が散漫していた様だ。咄嗟に扉の鍵を閉め、何か使えるものがないか部屋を見回す。
「ど、どうしたんですか?」
私が扉を閉めた事に動揺する二人。
「シッ……黙って。死にたくなかったら絶対に喋らないで」
棚にはまだ作りかけの人形が何体か置いてあった。これを使うしかない。魔法結界は無理だが、白鞘の人形術式ならまだ使えるはず。
「ううう……おおおお……あああ……」
上からの声が近づいてくる。動きは鈍く遅い様だが人間の気配を察知して階段を降りてきている。私一人なら抜けることは可能だと思うが、後ろの二人がいる。もたもたしていられない。
急いで作りかけの小さ目の人形五体を選び、扉の周りに小刀や釘で打ち付ける。最後に、自身の指を軽く切りそれぞれの人形の額に血判を押し当てる。
「白陣、血界!」
五体の人形の中央となる位置に手を掲げ、気を送り込むと結界陣となる紋様が扉に現れた。
何とか成功したようだ。だが、これではいつまで持つか分からない。少しでも魔力が回復するまで持ち応えれるだろうか。夜明けまで術式単独で持ち応えれれば何とかなるかもしれないが、流石にそれはキツイかもしれない。貴駒にいる誰かが屍霊を滅すのを願うしかなかった。




