5-39-4.魔法【七瀬厳八】
小屋の外から銃声が聞こえてきた。それに悲鳴や大声も聞こえてくる。そして、獣のような轟く叫び声。
外で何かが起こっている。課長が応援をよこすと言っていたから、もしかしたら警察の人間かもしれない。しかしなんだ、この銃声や声は。九条一人相手に何をやっているんだ。まさか、やはり屍霊が……。
白鞘の方を見ると、そんな外の様子を気にすることもなく俺の前に立ち、バッグから取り出してきた怪しげな装飾を施された本を片手に眼を閉じて、何かをブツブツと呟いている。
周りに並べられた人形、そして薄暗い部屋。まるで何かの儀式の生贄にでもされている気分だ。
「さて、準備完了っと」
白鞘はそう言うと、本を閉じて俺の方に手を掲げた。すると、周りに並べられた人形の足元から光の線が延びだし、複雑怪奇な模様を創り出す。それはまるで魔方陣の様であった。
「聖なる森に漂いし清らかなる者、明るき泉に流れる静寂なる者、異なる世界で願いし我の力と、汝等の力を借りこの者の傷を治癒する事を望む。我が魂の宿りし人型を依代とし、汝等をここに呼び出さん――」
白鞘の口から言葉が紡がれる。その言葉を聞いていると、なぜか全身に安心感が少しだが沸き起こってきた。
そして白鞘が呪文のようなものを唱えると、周りに置かれていた人形がカタカタと震え出し、口が光り始める。
「フリス オン ロミ オン ジネカ! 異界に名を轟かせし偉大なる森の賢人リーゼロッテ・グリムの名の元に、我に従いたまへ!」
最後のその掛け声と共に魔方陣が一気に光りだし、下から吹き出す凄まじい風と共に周りの人形が青い光を放ち次々と爆発する。白鞘の被っていた麦藁帽もその爆風に吹き飛ばされ壁へとへばりつく。
そして、その爆発した人形から飛び出した青い光は天井へと駆け上がり、部屋を四方八方へと暴れまわる。
「やっぱり難しいですね……っ! 何年経っても……! 言う事聞いて!」
白鞘のその言葉と共に、六本の青い光が徐々に統制を取り始め俺の上空で円を描き出した。そして数秒の後、一気に俺の傷口へ向かって集まりぶつかってきた。
「ぐぅっ!?」
傷口に更なる痛みがほどばしる。だが、そんな痛みも一瞬だった。じわじわとひいていく痛みに、傷口に触れてみると、それも徐々に塞がって行っている。
「厄介な傷ですね……! 一体何に刺されたんですかっ! こんな感情のない呪いを含んだ汚らわしい傷、初めてですよっ!」
そう言いながら、顔をしかめて、凄まじい風に抵抗するようにこちらに掲げている手を支えている。
俺は何に刺されたんだ。ただナイフで刺されただけと思っていたが、違うかったのか。
「これで、終わりぃっ! お願いっ!」
白鞘がそう叫ぶと、部屋を駆け巡っていた暴風が一気に収まる。そして、俺の傷口から赤黒い煙が一気に噴出し、霧散して消えていった。その煙はまるでおぞましい叫びを上げている人の顔の様にも見えた。
煙が消えると同時に、白鞘は息を荒くし膝から崩れ落ちた。
「何で初めて会った人を助けたんだろ……ハァハァ……こんなに疲れるならやっぱりやめとけばよかった……ハァハァ……でも、私は勘がいい方だから、私があなたを助けたのにはきっと何か意味があると思うんですよねぇ」
身を起こし腹を見ると、傷口は完全に塞がり血も止まっていた。だが、まだ若干の痛みはあるようで、体を動かすとそれを感じられる。
「何だ……今の。何をしたんだ……?」
当然の疑問だった。まるで御伽噺やファンタジーに出てくる〝魔法〟だ。
「知らないですか? 魔法ですよ召喚魔法。第二のお師匠様に教えてもらったんです。でも、こちらの世界の人間である私が軽く使えるものでもなかったですから、それに白鞘家の人形術式を織り交ぜて改良を加えたオリジナルの魔法なんですよー。すごいでしょう」
「は……は?」
「でも、これで暫く使えませんねぇ。溜めておいた術式魔力もすっからかんですよ」
白鞘はそう言いつつ力なく立ち上がると、衣服についた埃を振り払った。
白鞘の言っている意味が全く分からなかった。最近いろんな物を見てきた俺でも、この世に魔法を使える人間がいるなどととても信じられたものではない。だが、俺の怪我が白鞘の不思議な行動によって治ったのもまた事実。
最近いろんな事がありすぎて頭の整理が追いつかない。
だが、信じられないと思いつつも、信じる他俺に選択肢は無かった。




