5-37-1.妻からの電話【七瀬厳八】
陣野達を家まで送る鬼塚を見送ると、スマホの着信音が鳴っているのに気がついた。ポケットからスマホを取り出し画面を見ると、着信相手は妻であった。
「おう、どうした」
『厳ちゃん、菜々奈から何か連絡入ってない?』
「いや、別に何も入ってないが……」
どこか不安げな妻の声からいつもと違う感情を読み取り、ふと腕時計に目を向けると時刻は九時半頃だ。時間としてはさほど遅くないと言えば遅くない。このくらいの時間なら部活帰りにどこかへ遊びに寄っているという事もまだありえる時間だ。
『遅くなるって言う連絡がないのよ。いつもはきちんとメッセージなり通話なり何なりで連絡してくるのに……それに、あのメッセージ……』
「メッセージ? 何かあったか?」
『あなた見てないの?』
「ああ、ちょっと立て込んでてな……見てみるからちょっと待ってな」
そう言いつつスマホを耳元から離し、画面を切り替える。すると、確かにSNSアプリにメッセージ着信の通知が入っていた。
起動してグループ画面を見ると、そこには短い文。『くじょ』とだけ書き込まれていた。その文字を見て、一気に不安がこみ上げ、嫌な予感が押し寄せてきた。
「明菜、俺がアイツの行きそうな所にすぐ探しにいくから、明菜は家で待っててくれ。あと、定期的に菜々奈のスマホに電話をかけろ」
『ええ、わかったわ。何だか、すごく……なんていうか、嫌な気がしてならないの』
「ああ、急いで探すからそっちも頼む」
そう言って通話を切る。
『くじょ』……。今この文字を見て思い浮かぶ言葉は九条しかない。そうなのだとしたら菜々奈が何らかの形で九条と接触したと言う事になる。
ずっと誰とも連絡の取れていない九条にこちらが何処まで情報を手に入れてるかを知られているかは分からないが、事の流れからして……。
「くそっ!!」
一秒でも惜しいという思いから、すぐに自身の車へと駆け出そうとした。
だが、急いでいる時に限って行動を遮られるものである。
「おい、七瀬。見送り終わったか?」
後ろから課長の声が聞こえてきた。
「課長、すいません、急用です。お先に失礼します」
「どうした、何かあったのか?」
言うべきか言わざるべきか少し迷ったが、今のこのクソ忙しい状況で課を離れるのだ。
課長には伝えるべきか。
「娘が九条に……探しに行かないと……!」
切羽詰り焦る俺の顔を見て、課長も驚きが隠せない様であった。
「な、なんだと!? 場所の見当はついているのか?」
「さっきの陣野君の話から大体の場所は見当がついてます。灯台下暗しってやつでしょう。あそこは場所が場所ですし、一端捜査が終わって今は誰も人が寄り付かない」
「……分かった。こちらも急いで準備して応援を向かわせる。無理はするなよ」
「……分かりました」
「だが、一人では危険だ。せめてもう一人…………お、おい!」
課長が言い終わるのも待たずに一礼し駆け出す。もう一人の人選している時間がもったいない。それと、無理をするななんて事こそ無理な話だ。菜々奈の命に関わる問題かもしれないのだ。頼む、無事であってくれ……。




