5-36-1.[3-40-1]遭遇【九条春人】
帰宅途中、雨の降りしきる月宮商店街。その一角に赤いマントを羽織ったそいつはいた。
車が一台も停まっていない有料駐車場の前で座り込み、ひたすら何かを呟いている。僕以外には誰にも見えていないのか、そんな怪しげな奴に視線をくれる者は一人もいなかった。
次の日、曇り。この日もそいつはいた。
興味本位で近づいてもこちらを気に留める様子もなく、駐車場の方を見詰めながら同じ言葉をつぶやき続けている。
「どうかしましたか?」
返事が返ってこないだろうと思いつつ小声で声をかけるも、やはり予想通り返事は返ってこない。
僕が思うに、コイツは恐らく屍霊だ。しかも、つい最近騒ぎになっていた赤マントの怪人。しかし、人を襲うどころか見向きもしない。どうなっているのだろうか。
そして、彼が見詰める駐車場、以前何が建っていただろうか。調べてみる事にした。
それから数日、彼はずっとそこにいた。朝も昼も夜もずっとだ。その間、僕は付近の聞き込み等で以前そこに何が建っていたのかを調べ上げた。
どうやら、そこには一件の理髪店が建っていたらしい。そう言われればそうだった気もするが、随分前の事みたいだったので自分の頭からは記憶が抜けていた。行った事もない理髪店に関しての記憶などそんなものだろう。
そして更に調べると興味深い事を思い出した。
インターネットで理髪店が火事に合ったという過去の記事を探していた時だ。当事、連続不審火・放火事件が起きていたのを思い出した。そして、その犯人であるとされていた少年を自分が殺した事も思い出した。
画面に映る名前。容疑者の氏名は未成年だった為に記載されていなかったが、被害者の名前は記載されていた。
一色正造、一色真白、一色蒼依、一色赤人……。
「ああ、なるほど。これはおもしろい……」
思わず声が漏れた。自身の中に封じ込めた何かが高揚しこみ上げてくるのが分かった。
そして立ち上がり、クローゼットへ向かい一つの箱を取り出す。ここには〝戦利品〟がしまわれている。蓋を開けると、目的のものが目に入ってきた。
二つ折りの黒い合成革の財布。車谷進太郎の物だと思って持ち帰ったものだったが、家に帰り確認すると別人の物だった。中に入っていたクレジットカードや運転免許証等に記載されていた名前は〝一色正造〟と言う名前。窓付きのポケットには家族の物であろう微笑ましい写真が挟まれている。
「一色正造、か……。これを彼に見せたらどうなるのだろう。フフフ」
不安や恐怖はない。興味しか沸かなかった。
これを見せた後、赤マントが僕にどういう行動を取るのかという興味しか沸かなかった。例え襲ってきたとしても、今の僕には屍霊に対抗できる力がある。
楽しみだ。気分が更に高揚してきた。体が熱い。下半身が熱い。今すぐにでも家を出て彼の元に行きたい気分だが、今日はもう遅い。
念の為に今日は休んで体調を万全にしておこう。




