1-15-4.すれ違う想い【陣野卓磨】
最終更新日:2025/3/14
これは、あの日の光景なのだろうか。それとも、俺の勝手な想像なのだろうか。伊刈の自殺に対する俺の後ろめたい気持ちが見せる夢や妄想にしては、いやにリアリティがあり、俺の意識がはっきりとしている。
閉め出された伊刈の声は、既に先ほどから聞こえておらず、扉の向こうの彼女の様子を窺うことはできない。
眼前に映るのは、丸棒貫抜にかけられた太い鎖と硬い南京錠で厳重に閉ざされた鉄の扉のみ。静けさも相まって、ただただ冷たい雰囲気が周囲を漂っている。
そして、三人が去って間もない頃、一人の女生徒が辺りの様子を窺うようにして、階段を静かに駆け上がってきた。
桐生千登勢だ。深刻な表情を浮かべ、一直線に屋上への扉へと向かう。
だが、扉には丸棒貫抜が施され、それが南京錠と太い鎖で封印されている。桐生がガチャガチャとその施錠をいじくるが、鍵を持たない彼女に、扉を開けることはできるはずもなかった。
「だめ、鍵かかってる、お願い、開いて……っ」
小さくボソリと聞こえる声。その声は震えており、今にも泣き出しそうだった。
「早苗ちゃん、私の事気にして……庇ってくれてたのに、私、早苗ちゃんのこと避けてて、私……謝らなきゃ……謝らなきゃいけない……」
絡まる鎖をガチャガチャと外そうと必死になっている。どう見ても、鍵を持たない彼女に外せるはずもないその施錠は、案の定ビクともしない。
そして、時間だけが過ぎていく。
「開いてっ、開いてよっ……何か、何か壊せそうな物……そ、そうだ、窓を開けて声だけでも掛けて……!」
桐生がキョロキョロと踊り場を見回しながら、扉横の上にある小窓を少し開けたその時だった。
「キャーーーーーーーーーーー!!」
小窓を開けた瞬間、外から校舎を突き抜けて聞こえてくる複数の叫び声。
それは今見ていた映像に出てきた人物たちの声ではない。誰とも分からない叫び声だった。
「上から人がー! 誰か! 誰か先生呼んで来てえええ!!」
「先生ぇ! 先生ぇぇ!」
……嘘だろ。いや、俺はこの結末を知っていた。
早い。
人は決めてしまうと、こんなに早いものなのか。
これは間違いなくあの日起きた出来事だろう。今の叫び声から分かる事実、伊刈が屋上から飛び降りたのだ。
「ああ……あ、ああああ……」
桐生の口から悲痛な声が漏れ出す。
何で……何でだよ……。どうしてこんな事に……。
俺は……見てたのかよ。知っていたのかよ……。
「嘘、嘘だよ……ね……? 違う、違うって言ってよ、誰か……早苗ちゃん……早苗ちゃんっ」
桐生の手が止まり、ガクガクと震え始める。顔が真っ青になり、この上ない絶望を感じたかのような表情に変わっていく。そして、溢れ出す涙を拭いながら、慌てて声のする方へと走っていった。
嘘だと言うこともできない、違うと声をかけることもできない。
これは一月ほど前に起きた紛れもない事実。変えることのできない真実だ。
この時起こった出来事を彼女はすぐ知ることになる。それを考えると、なんとも言えないやるせない気持ちが胸を締め付けた。
なぜ俺にこの出来事を見せたのか。誰がこの場面を俺に見せたのか。
夢なのか幻なのか、俺に何をしろと言うのか。
俺は何もできない。それ以上に、この件の事実を見せられたことで、これ以上関わりたくないという気持ちが強くなってくる……面倒だ……。
見えた映像はそこで終わった。映像が靄のような煙と共に消えると同時に、かすかに友惟と霙月の声が聞こえてくる。俺を呼ぶ声に思えるが、何を言っているのかは分からない。
全身の力が抜け、目を開けることもできない。
遠くへ飛んでいた意識が体に引き戻されていく。
眠りたい。このまま……。