5-33-7.警察手帳の記憶②【陣野卓磨】
喫茶おわこんの店内だ。注文の品を用意するために奥に入っているのか、マスターはいない。
いるのはこの三人と、奥で掃除をしている砂川さんだけだった。
二人が万引きをしていたという事は、二人が伊刈の虐めに走る前の光景か。となると、時期的に伊刈がバイトをしていてもおかしくない時期だろうが、伊刈の姿も見えない。
そんな中、三人が喫茶店内で会話をしている。次第に声が俺の方まで聞こえてきた。
「へぇ、君ら一年生かぁ。ならますます都合がいい。でも、二人だと少し役不足だなぁ。もう一人くらい……。そうだ、君らの学年に天正寺って子がいるだろ?」
「う、うん。同じクラスだけど……」
「その子を何とか引き込んで、伊刈さんをからかってやってよ」
「え……あの子……天正寺さんって教室の隅でいっつも一人で暗い顔してるから話しかけづらいんだよね……」
「だよね……」
御厨も洲崎も、天正寺を誘えという九条に対して困惑した顔をしている。
「そのくらい大丈夫でしょ。何も学年の嫌われ者を誘えって言ってる訳じゃないんだから。さっきも言ったけど、僕は伊刈早苗にちょっとした恨みがあるんだ。それと天正寺にもね。でも、さすがに大の大人が……ましてや警察官であるこの僕が女子高生にちょっかい出す訳にもいかないだろ? だから君らに、僕の代わりにちょっとからかってやってほしいって訳さ」
「伊刈さんが……? 恨み? ちょっと想像できないな……。あの子、いい子ちゃんだから。天正寺さんは喋ってる所とかもあまり見かけないからよく分からないけど……」
「そうよね。まだ知って間もないけど、伊刈さんが人に恨まれるような事をしてる所なんて見た事も聞いた事もないし」
目の前にある水の入ったグラスを見つめつつ、小声でボソボソと話す御厨と洲崎。
そんな二人に対して九条は向かいの席から肘をつき身を乗り出すと、更に話を続けた。
「人ってのは表裏があるんだよ。君らは伊刈さんと仲がいいのかい? 違うだろ?」
「それはそうだけど……」
顔を寄せてきた九条に引き気味の御厨が、もう早くこの場を離れたいといわんばかりの表情を見せる。
「なら、裏の顔なんて分かりっこないさ。ああいう表面のいい子に限って裏では悪どい事やってるんだよ。そういうのってよくある事だろ?」
「でも、その……からかうってやんわりといってるけど……虐めをするってことですよね……? 私も美里も、その……万引きとかはしちゃったけど、そう言うのはちょっと……」
それを聞いて九条が身を元に戻し、座席にもたれかかり大袈裟に溜息を付く。
「じゃあ仕方ないね。このまま補導するしかない。親にも学校にも連絡だ。この先、君等は家にも居づらくなることだろうね」
「ちょ、ちょっと待ってよっ。私達二人の内々で済ませれるって出来ないの!? 何の関係もない他人を巻き込むなんてちょっとさすがに……っ」
九条が発した交渉決裂の言葉に洲崎は焦りを隠せない。この様子だとまだバレていない前科もいくつかあるのだろう。
先の事を知っている俺からしたら、このまま決裂して補導されたほうがどれだけ良かった事かと思えてしまう。二人だってこの先どうなるか知っていたら九条のお願い事などには絶対に乗らなかっただろう。
「無理だね。今言った頼み以外で君達にお願いしたい事なんて何一つない。断るなら僕は自分の仕事を全うするだけさ」
それまで笑顔を見せていた九条だったが、一瞬にして冷たい表情に変わる。それを見て御厨も洲崎も観念したのか、二人とも顔をあわせると黙って頷いてしまった。
「じゃ、決まりだね。あんまり僕がしゃしゃり出てもまずいから、大貫っていう学園のOGを回すからさ、今後の事はそいつに聞いて。これ、そいつの連絡先だから。この連絡先から連絡が来たら必ず返事をしてね」
そう言って九条は手帳に走り書きをし、一ページ破くと二人の前に差し出す。それを手に取り顔を見合わせる二人。
「う、うん、わかったけど、ホントに家や学校には……」
「わかってるさ。僕は約束は守るよ。君らがきちんとやってくれてさえいれば、金輪際僕が前に出てくる事はないさ」
そんな事を了承した二人を見て、九条は再び表情を和らげる。
「なーに、心配ないさ。最初は気乗りしなくても、こういうのはやってればノってくるさ。君等のストレス発散にも繋がるだろうし、万が一どうしようもできない事態があったら、その時は僕が助け舟としてアドバイスくらい出してやるさ」
不敵な笑みを浮かべる九条。そして、視界が再び白みだしていく。
……。




