5-33-3.壊れたスマホの記憶①【陣野卓磨】
九条さんの席に座り、意識を集中しスマホを握り締める。数秒の間は何も感じなかったが、次第にいつもの感覚が手から脳へと伝わってくるような気がした。いつもとは違い、ゆっくりと伝わってくる。相手から見せてくれるというより、此方から覗きにいくと言う感覚。
そして、次第に部屋の中で聞こえる様々な雑音が遠くなっていく。
頼む、見せてくれ。頼む……。
瞑った目の裏側が次第に白くなっていく。初めて俺からの呼びかけで記憶を見る。体が少しずつだるくなっていくのが分かる。
……。
◇◇◇◇◇◇
はっきりとしない意識の中で目を開くと、ぼやけた視界が次第に鮮明になっていくのを感じた。
同時に、凄まじい吐気と嫌悪感が俺を襲う。まるで、手にしているスマホが記憶を見られるのを拒否しているように俺に黒い感情を流し込んでくるのだ。
だが、見ない訳にはいかない。ここで引き返すわけには行かないのだ。俺は遅い来る不快感に必死に抵抗し、見えてきた景色に目を向けた。
「綺麗だねぇ。最高傑作だ。好きなものに囲まれて、この汚い世の中から解放されるなんてとても素晴らしい事だと思わないかい?」
どこかも分からない夜の空き地。聞こえてきたのは九条さんの声だった。手にはスマホを持ち、ライトを照らしながら何かを撮影している。
〝何か〟。それは既に俺の視界に入っている。
中身を刳り貫かれた大きなスイカ。そこに収まっているのは、表情もなくピクリとも動かない、まるで人形の様な顔をした人間の少女の頭。周りにも同じ様なスイカがいくつも並べられ、それぞれから手や足、人間の体の一部が見え隠れしている。
「忘れられないね……胸を一突きした時の君の顔、君の声。思わず興奮が最高潮にたっしちゃったよ」
身を震わせながら何とも言えない恍惚の表情を浮かべ、スマホのカメラを向け言葉を発さない少女の頭に語りかける九条。
これはなんなんだ。本当に実際の記憶の映像なのか?
「でも、とりあえずは君が最後だ。僕はもっと多くの子等を助けて導いてあげたいけど、あまりヤり過ぎると足が付いちゃうかもしれないからね。赤マント事件もぴたっと止まっちゃったし……」
薄く開かれた少女の濁った目が、俺に助けを求めているように感じた。
不快感が増していく。俺の中に黒く染まった負の感情が流れ込んでくる。
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見えてくる映像が変わった。場所はどこだか分からない。物の少ない薄暗く殺風景な部屋だ。その部屋の片隅で、一人の男性が蹲り何かを食べている。
それにスマホを向けながらゆっくりと静かに気付かれないように近づく九条。
「ぐっ!?」
背を向けていた男性の背中に、九条が持っていたナイフが躊躇なく突き立てられた。
ナイフを刺された男性は前に倒れこみ、言葉もなく痛みに苦しみ悶えている。
「困るなぁ。勝手に入られちゃ。折角生きる道は残しておいてあげたのに、邪魔をするなら死んでもらうよ」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら苦しみ悶える男性を見下ろす九条。
「だっ、誰……」
「あんたが探してる人物って言っときゃいいのかな? ま、もう死ぬし聞いてもしょうがないでしょ?」
その後、何度も体中を後ろから刺される。抵抗も出来ずに呻き声を上げつつ完全に倒れる男性。男性は次第に動かなくなり息絶えてしまった。
「全く、面倒だなぁ」
九条はそんな男性の遺体を引きずると外へと出て行ってしまった。そして遠くからドスンという音が聞こえてきた。高い場所から重いものを落とした音。何の音かを予想する事は簡単だった。
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また、見えてくる映像が変わった。今度は外だ。見覚えのある家が目に入る。呪いの家だ。
だが、外観は俺が見た時よりも綺麗で、外壁に蔦が這っているなんて事もなく、庭も綺麗に手入れされている。
そして、玄関前からその家の様子を伺う九条。誰もいない事を確認し、『鴫野嘉穂様へ』と書かれた封筒を郵便桶へと投函した。
「鴫野、僕の心にぽっかりと空いた穴を優しい言葉で埋めてくれた君は嘘だったのかい……? 君が僕の気持ちにも気付かないで、あんな男に付いていくから悪いんだよ……」
何だ、何を言っているんだ。
「落ち込んだら僕の所においで。死にたくなったら僕の所においで……。慰めてあげる。僕の最大限の気持ちで包み込んであげる……君には僕しかいないんだ」
そう呟くと、不適な笑みを浮かべ走り去っていってしまった。
やはり、蘇我が撮影したという写真を鴫野の家に投函したのは九条だったのか……。
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