5-33-2.迷い【陣野卓磨】
捜査一課と書かれたプレートがかけられた部屋。
その部屋のドアを七瀬刑事が勢いよく開けて中に入った。俺と影姫もその後に続く。
警察と言う場所でただでも緊張するというのに、ここは刑事が集っている部屋だ。何も悪い事はしていないのだが、更に緊張が高まってしまう。
そんな俺達が部屋に入ると、部屋の中にいた刑事達は手を止め一斉にこちらに目を向けた。もう夜も遅くなって来ているというのに、そこそこの人数が残っている。
視線が痛い。明らかに俺達を見て不審に思っている様子だ。特に影姫は着物に袴と、普段街中であまり見ないような格好をしているので、余計に違和感を感じさせるだろう。
「こっちだ」
七瀬刑事はそんな刑事達の視線ももろともせずに、自分についてくるように促す。影姫も周りの目を気にすることもなくその後に続いた。
「し、失礼します……」
俺も身を縮めながら同じく後に続く。すると、一人の刑事が七瀬刑事に声をかけてきた。その後ろには心配そうな顔をした若い女性の刑事もいる。
「七瀬さん、誰ですかその子達。勝手に課に入れちゃ……今どういう状況か……」
だが、そんな男性刑事の言葉も、もう一人こちらに寄ってきた年配の男性刑事によって遮られた。
「船井、俺が許可する。何かあったら俺が責任を取る」
「か、課長……いいんですか?」
「いいと言ってるだろう」
船井と呼ばれた刑事は、課長の言葉に肩をすくめて元いた自分の席へと戻って行った。
まじまじと俺と影姫を見る課長。
その目は不審人物を見るというより、どこか懐かしげな視線のように感じられた。
「なるほどな……面影はある。七瀬、大丈夫なのか?」
「こうして来てくれた……彼を信じるしかないです。九条から彼がそう言う力を持っているとの事は聞いていますし、賭けるしかないでしょう」
そう言って頷く二人。どうやら、雰囲気からして課長も屍霊に関して知っているようだ。
そして、俺は部屋にある一つのデスクの前に連れて来られた。
他のデスクに比べて物の少ない殺風景なデスク。まるで自分がいなくなる事を前提に片付けられた後の様だ。恐らくここが九条さんのデスクなのだろう。七瀬刑事がそのデスクの引き出しを開ける。
「九条のヤツ、デスクの上は小奇麗な癖に中は汚ねぇな……」
とぼやきつつ、中にある物を取り出しデスクの上へと乱雑に置いた。
「卓磨、あまり色々な物を見回って体力を削るのは良くない。集中してどれを見た方がいいのか選択肢を絞れ」
影姫のアドバイスはありがたいが、集中しようにも部屋にいる刑事達の視線がすごく気になる。七瀬刑事に連れてこられたというのに、完全に不審な部外者を見る視線に感じられる。
「おい、お前ら! 見てないで自分の仕事にもどれ! やることない奴はとっとと帰って体休めとけ!」
そんな俺の気持ちを悟ったのか、横にいた課長が周りに指示を出してくれた。顔は怖いが気の効く人だ。
そして、刑事達の視線が俺から背けられたのを確認すると改めて机の上を見る。
机の上に出された物は色々とある。手帳、ネクタイピン、画面のついていない古い機種のスマホ、文房具……。一体どれを手に取って見ていいのか分からない。今までは偶然手に取ったものや手当たり次第触ってみたりしてやっていた。もしかしたら、ここに置かれたものを全て触っても記憶を見れる感じがするものがないかもしれない。
そう考えると、何も無かった時に俺は何の為に警察まで連れて来られたんだという状況になってしまう。そうなると恥ずかしい事この上ない。
どれだ、どれを見ればいいんだ……どれに触れればいいんだ……。
「卓磨、迷っていては相手も心を開いてくれないぞ。意識を集中してどれを見るべきか見極めろ」
影姫の助言。そう言う影姫の言葉に、一つ思い出した事があった。父さんが俺に能力の一端を見せてくれた時の事だ。あの時父さんは、そこら辺に落ちている小石の記憶を見ていた。内容も何の変哲もない石の見た、ただ単なる風景。
そうだ。物からこちらに呼びかけてくるのを待ってるだけじゃ駄目なんだ。こちらから見せて欲しいと呼びかける事も時に必要なんだ。
ただ、俺が今まで見てきたのは屍霊になった人物に直接関係する記憶だけだ。果たして、屍霊となっていない人間に関する〝物の記憶〟を俺は見る事が出来るのだろうか。
そう思い、机の上にある物を一つ手に取った。なんとなく手に取った物は、画面のついていない使い古された手帳型のケースが付いた古い機種のスマートフォン。最近の記憶を見るのだとしたらこれではないと思う。だが、なぜかこれを見ないといけないような気がした。
「それは警察に着任当初九条が使っていたスマホらしい。突然のゲリラ豪雨にあった時に傘を持ってなかったらしくて、ポケットに入れてて浸水して駄目になったと聞いた。だいぶと長い間使ってたみたいで、取り出したいデータもあるからっつって、まだ持ってるって言ってたな。でも確か、データは壊れてて取り出せなかったとか言ってたような……」
七瀬刑事がこのスマホについて説明をしてくれた。そして、一つ感じた事があった。スマホを手に取った瞬間、何とも言えない寒気が背筋を走ったのだ。同時にこみ上げてくる不安。
これの記憶を今から見なければならないという思いと共に、恐怖がこみ上げてきた。
なぜだろうか。記憶を見るのにこんな感覚は初めてだった。




