1-15-3.あの日の光景【陣野卓磨】
最終更新日:2025/3/14
「オラ! 早く外に出ろっつってんだよ!!」
そんな声と共に、女生徒が一人外へと蹴り出された。ふらつきながら扉の外へ押し出された女生徒は、不安げな表情を浮かべながらこちらを振り返る。
だが、そんなことなどお構いなしに、扉を挟んだこちら側にいる生徒は扉を閉めにかかった。
鈍い音を立てながら、ゆっくりと閉められる鉄の扉。
何なのだろうか。まだ俺がこれが何なのかを理解していないせいか、場にいる人間たちの顔には朧げに靄がかかり、誰だか判別できない。ただ、俺が知っている人物であるという予感だけはあった。
「や、やだ、外寒い……」
「あーん? 逆らうの? 逆らうんだったら、もうアンタつまんないし、次は……あの桐生って子にしようかなぁ」
踊り場側に立っている女生徒の一人が、わざとらしい口調で不敵な笑みを浮かべた。
「だ、駄目、それは……」
「んならさっさと言う事聞けや!」
蹴り出された女生徒が声を震わせ、体を強張らせていると、無情にも重い鉄の扉は容赦なく閉ざされ、ゴォンという重低音が階段から廊下へと響き渡った。
「開けて! 開けてよ!」
閉められた扉の向こうから、僅かに聞こえる聞き覚えのある声。
誰の声だ……。
「アンタ、先輩とこれからお楽しみって所で逃げたらしいじゃない」
こちら側にいる生徒の一人が、扉の右上方にある小窓を少し開けると、伊刈に声をかけた。
だんだんと、何を見せられているのかが理解できてきた。それと同時に、場にいる人間の顔がはっきりと見え始めてくる。
扉を挟んだこちら側には三人の女生徒がいる。見たことがある。去年は三人とも同じクラスだった。いや、三人だけではない。扉の向こうに閉め出された生徒の声も、同じクラスの人間だった。
「伊刈さー、この間も大貫さんから貰った仕事、途中で逃げ出したらしいじゃない? 何事も経験でしょ? 逃げてちゃ意味ないじゃーん」
「そうよ、あの後私達、散々怒られたのよ。大貫さん、お金には五月蝿いんだから」
「だって! だって!!」
「だってもクソもあるかよ! てめぇ自分の立場分かってんのか!?」
そうだ、扉の向こうの声は伊刈の声だ。三人ともニヤニヤしながら伊刈に話しかけている。
何をしているんだ……?
「寒い! 寒いの! 開けてよ!」
伊刈の悲痛な訴えと共に、ドンドンと叩かれる鉄の扉。だが、その音は弱々しく、開けてもらえないことが分かっていると言わんばかりに力がなかった。
「そういや今日、寒いね。何でこんなに寒いんだろ? あはは」
「予報では気温は暖かくなるって言ってたけど、昼間に比べたらだいぶ冷え込んできたわね。でも、お誂え向きじゃない? フフ」
洲崎も御厨も冷たい笑みを浮かべている。なぜこの状況で笑っていられるんだ。
「伊刈さぁん、私さぁ、人間って信頼関係が大事だと思うの~。今まで散々面倒見てきてあげたのに、途中で逃げ出すとかありえなくない?」
天正寺が小窓に向かって声を上げた。そんな言葉を聞きながら、横で嘲笑を浮かべているのは御厨と洲崎。
見ていると気分が悪くなってきた。
「そうそう、前だってアンタがどんくさくて体育の成績がヤバそうだったから、小枝に掛け合って助けてあげたじゃない。それで胸触らせるだけでいい成績もらえたんだから、感謝こそすれ逃げるのはありえないわ。裏切りだわ、裏切り。私達に対する裏切りだわ」
「まさか服の隙間に手を突っ込んで直に触るとは思ってなかったけどね。プッ」
「逃げるばっかの人生じゃ駄目でしょ。だから私達がこうやって教えてあげてるんじゃない」
何だこれは。だんだんとイライラで胸が熱くなってくる。目を背けたい。だが、背けられない。映像は頭の中に直接流れ込んでくるようで、目を閉じようとしても目を閉じるという感覚が感じられない。
「やだ! だって!」
「何度も言わせんなよ! だってもクソもあるかよっつってんの! しばらくそこで反省してろっつーの!」
天正寺が苛立ちを募らせながら扉を思い切り蹴飛ばすと、グワァンと大きな音を立てる鉄の扉。それと同時に、扉の向こうが静かになった。
おい、やめてやれよ、開けてやれよ……。
そう思うが、声が出ない。
これがもしあの時の光景なら……。これを俺が見せられているというのなら、止めとめることができるのか?
なかったことにできるのか?
できないというのなら、なぜ俺は今こんなものを見せられているのだ?
去年は声を掛けてやれなかった。だが、ここで俺が何とかして、伊刈が死んだという事実を捻じ曲げられると言うのだろうか。
開けて、開けてやれ……。
しかし駄目だ。声が出ない。見ていることしかできない。
「そうそう反省反省、悪い事したら反省するのが当然でしょー? それに、もう三月だしそんな寒くないっしょ? じゃ、私達、これから用事あるからさー、もう行くね?」
「明日の朝には開けてあげるからさー。今後自分がどうすりゃいいか、ゆっくーり考えな」
「行こ行こー」
そう言い放つと、小窓を閉めて鍵をかける。三人は扉に背を向けると、何事もなかったかのように談笑しながら階段を降りていった。
「あいつ、度胸ないから屋上から助け求めたりできないよ、きっと」
「屋上から叫んでたらウケルけどねー」
おい、何やってんだよ。戻って開けてやれよ! このままじゃ……!
オマエラだってソウナルかもしれないって予想くらいつくだろ……!
俺の声は届かない。去っていく三人の背中をただ見ていることしかできない。
「恭子、その鍵どうすんの?」
三人の声が遠ざかっていく。
「そうねー。職員室に戻しに行くのも面倒だからー……」
「あはは………………」
「下からちょっとだけ様子を……………………」
三人の声は聞こえなくなった。




