5-32-1.友人の来訪【中頭水久数】
静かな夜、暗い部屋の中から外を眺める。
二階の部屋から星のあまり見えない空を眺めていると、元いた世界で見ていた日々の流れで七色に輝く星空が懐かしくなってくる。もう何十年も経つというのに、未だに思い出してしまう。
あの時、共に厄災を払いのけた他の仲間達は今頃どうしているのかと気になってしまう。
「駄目ね……叶わない夢は早く捨てないと……」
窓を閉めて振り向くと、テーブルの上に置いてある自身のスマホの画面が光っていているのが見えた。誰だろうか。私に電話をかけてくる人物など限られているし、執務的な用事がない限りは殆どかかってこない。
ただ一人を除いては。
スマホを手に取り画面を見ると、表示されていた名前は、その〝ただ一人〟の人物の名前であった。
画面に表示されているボタンをスライドし耳元にスマホを当てる。
「もしもし」
『あ、やっと出た。窓から夜空を眺めたりしちゃってるから気付いてもらえないかと思ったわ』
「もしかして、下にいるのかしら」
『そうよー』
彼女の返事に、窓際に再び足を向けて窓を開け下を見ると、ワインのボトルを片手にこちらを見上げて笑顔を見せる彼女の姿が薄っすらと見えた。
「こんな時間に出勤なんて珍しいわね」
時計を見ると、時刻は既に二十時を回っている。
当然、校舎の方からは生徒の声はもう聞こえないし、残っている教師達もほぼ帰宅しているだろう。
『いやー、穿多のクソジジイの呼び出しで一仕事あってさ、何かストレス溜まったし、たまには一緒にどうかなって思って』
「学園敷地内で飲酒とはね……いい度胸ね」
『堅い事いいなさんなって』
「まぁ、いいわ。部屋にいるから勝手に上がって。鍵は開いてるから」
『あいよ』
そう言う私の返事を聞くと、彼女は通話を切り邸宅へと入って行った。
◆◆◆◆◆◆
「何か浮かない顔してるわね」
彼女はそう言うとワインのボトルと紙袋をテーブルに置き、椅子に腰掛けた。
「いつもの事よ。長く生きていると、楽しく感じる事なんてそう滅多にないから」
棚からワイングラスを見繕い、二つ取り出すとテーブルの上に置く。
彼女の名前は藤林啓子。霧雨学園の高等部で保健室の勤務医を担当してもらっている。
普段は定時退勤で彼女と直接会うことも少ないが、時折上からの指示でイライラしている時に私に会いに来て愚痴を言う。私の素性を知る、数少ない人物の中の一人だ。
「聞いたわよ。なんでも屍霊に手を出して戦邊に戦ってる所見られたんですって?」
「見られた所で、という話よ。逆に、私の力を見せ付けられて、私に歯向かう気が削がれたんじゃないかしら」
「そうだといいけどね。あの夫婦も穿多のジジイと同じくらい何考えてるか分からないから。まぁ、実態知られないように気をつけなきゃ駄目よ」
彼女は苦笑いしながら、ボトルを開けるとワインを注ぐ。注がれたワインが部屋に燈された灯りを反射しキラキラと輝いている。
彼女の言う事も尤もだ。私があれで限界となり、また暫く戦えないと知れてしまえば、戦邊だけではなく、方々から命を狙われる事は目に見えている。
そう簡単に死ぬような体ではないが、面倒事は極力避けたい。
「ええ、分かっているわ……」
椅子に座り、ボトルを手に取り啓子のグラスにワインを注ぐ。それから自分のグラスを手に取り、ワインを一口口に含んだ。
「ああ、コンビニで買った安物だからマナーとか堅苦しいのは無しでね。堅苦しい事してたらストレス溜まるだけよ」
彼女はそう言うと、自身のグラスを手に取り、注がれたワインを一気に飲み干した。




