5-29-3.話すべき事【陣野卓磨】
「い、伊刈さん……」
目の前に突如現れた伊刈の姿に、本忠も廣政も目を丸くし驚きを隠せない様子であった。
それは当然だ。多くの生徒が伊刈の最後の無残な姿を目撃している。確実に死んでいるというのは周知の事実であったからだ。
「陣野君、どういう事?」
伊刈も、目の前にいる本忠や廣政の姿を見て少し困惑しているようだ。二人を見て固まってしまっている。
俺はどう答えていいか分からず影姫の方を見た。影姫はやれやれといった感じで伊刈の方を見ると二人がなぜ今ここにいるかを伊刈に説明した。
「伊刈、この……本忠と廣政といったか。二人が、伊刈が自殺をするに至るまでの経緯について何か知っているみたいだ。私達から又聞きで伝えるよりも本人に直接話させた方が正確に伝わると思ってな。だから卓磨に伊刈を呼ばせた」
それを聞き二人を見つめる伊刈。
「影姫さん、二人は……その、私が今ここにこうして存在するまでに何をしたか知っているの? 仮に二人が本当に影姫さんが言う様な事を知っているなら、彼女等にも責任の一端はあるって言う事になると思うんだけど……」
「恐らく知らんだろうな。言う必要があるとは思えないが、言った方がいいか? 言いにくいのなら私から言ってやるが」
「……」
伊刈は迷っている様で口を閉ざしてしまった。
自分が目玉狩りになって人を大量に殺してしまったという事実を事前に伝えておくべきかどうかという事を言うべきかを悩んでいるのだ。人を殺してしまっている。最早自身が死んでいるとはいえ、そんな事実を自分の口から同級生に言うのを躊躇っているのだ。
「本忠、廣政。伊刈は自殺した後、目玉狩りとなって人を殺した。目玉狩り殺人事件だ。お前達も知っているだろう?」
黙りこくる伊刈に痺れを切らしたのか、はたまたお節介からなのか、そんな伊刈の葛藤も余所に影姫が淡々と話し始める。影姫の話を聞いて、本忠の顔色が変わった。
「ちょ、ちょっと何を言ってるのか分かんないんだけど……」
顔を見合わせる本忠と廣政。
そりゃ突然そんな話を聞かされれば戸惑いもするだろう。
「分かる分からんは私は知らん。だが、私は事実しか話さん。世間的にはあの事件の犯人は捕まってない事になっているが、それがどうしてかと言うとこういう事だからだ」
そう言い伊刈を顎で指す影姫。
「今は意識を取り戻しそういう事をするには至らない存在とはなったが、お前達が伊刈の自殺に関して何か関与していたというのなら……」
「目玉……狩り……? じゃあ、食事処の事件も……?」
「ああ。そうなるな」
本忠の質問に対して無言の伊刈に視線を少し向けつつ影姫が頷く。
「お姉ちゃん、殺したの……伊刈さんだったんだ……」
本忠の肩が少し震えているように感じる。今の言葉からすると、食事処の十七人殺しの被害者の中に本忠のお姉さんがいたのか……。しかし、怒りの感情は少し見て取れるものの、どこか諦めといった感じも見て取れる。それは、自分が伊刈を自殺に追い込んだ『何か』を知っているからなのだろうか。
「ごめん、春香。私が聞きに行こうなんて言わなかったら……」
廣政の悲しげな目線が、俯いている本忠に向けられる。
「ううん、いい……。いい事ないけど、とりあえず……私の、私のせいもあるし……」
そういいグッと何かを堪える本忠。
複雑な感情が入り乱れて抑えられないものがあるようにも見える。
「私は伊刈について話した。そっちも何か知っているなら話してもらおうか。まさか、こちらにだけ言わせて自分等は言わずに逃げるなんて言い出さないだろうな」
そんな二人を見る影姫の姿は至って冷静だ。伊刈が自殺をした当事はいなかったとはいえ、冷たい感じがする。目的の為なら相手の感情など知った事かと言うか何と言うか。
「春香、無理しなくても」
「無理なんてしてない。伊刈さんが目の前にいるのなら、話しておく必要があると思う」
廣政の言葉を振り切り、意を決したように本忠は顔を上げた。その視線の先には伊刈。伊刈もそれに応える様に本忠を見つめ返している。
「屋上の鍵の事……っ」
屋上の鍵。最後に天正寺が見せてくれた小さな鍵。まさかそのワードがここで出てくるとは思わなかった。




