5-28-0.内心
人を大勢殺した褒美として、消されても再び黄泉返る能力を与えられた。
人を大勢殺した褒美として、人語を再び自由に話す事を許された。
人を大勢殺した褒美として、厄災から教えられ邪に染まる人間と契約を交わした。
契約を交わす事で屍霊を操るという新しい力を得た。
だが、新しいモノを与えられる度に、心に大きく開いていた穴が少しずつ埋められていくような気がする。
ぽっかりと空いた記憶の穴。復讐という言葉だけで満たされていた心の穴。
自身に力が与えられる度、忘れていた記憶が頭の中に流れ込んでくるように蘇ってくる。復讐が記憶に塗りつぶされていく。
そして、自身に沸いて来る答えと理由。力を与えられたのではない。戻されたのだと。俺が何の為に人を傷つけ殺してきたのかという事。
厄災はそんな俺を知る為に、記憶を一時的に奪ったのだ。どうすれば俺を好き勝手に動かせるかと、俺の記憶を奪ったのだ。ヤツは俺の記憶を戻す時に、不純物となる〝忌むべき者達の記憶〟を混ぜて俺の思考を乱した。
だが、全てヤツの思い通りにはいかない。俺はその記憶の持ち主を理解した。
霧竜守影姫、イミナ・クロイツェン、リーゼロッテ・グリムという三人の異界人の僅かな記憶だ。俺の生まれた世界とは違う異質な記憶と、その力。それを混ぜる事によって心を乱そうとしたのだろう。
俺に色濃く出たのは召喚師リーゼロッテ・グリムの力。おぞましい獣を使役し操る力。
俺が厄災の元を離れるというわけではないが、不信感は持っている。この世に黄泉返らせ復讐を果たさせてくれたという感謝の念はあるが、なぜそれ以上人を殺させるのかという疑問もある。
既に復讐は終わっている。彼と同じ様に。人を殺す理由はない。
なら、なぜ人を殺し続ける。自分でもわからなくなってくる時がある。契約者である彼は元々そう言う精神の持ち主であった様だが、俺は違う。
体の持ち主の声もたまに聞こえる。
『もう、やめてくれ。殺さないでくれ』
悲痛な叫び。
無理だ。もう、体に染み付いてしまったこの行為。止めることは出来ない。
心が、体が血を求めている。
見たいのだ。死に行く間際の人間の恐怖に満ちた絶望の表情を。
俺は変わった。変わらされた。
もう、娘を思う優しい父親などではない。
ただの殺人鬼。
そう、彼と同じ、殺人鬼なのだ。
血に塗られた手は、体は、足は、頭は心は、赤く紅く染まり上がりもう元には戻らない。
契約をした後に一度だけ質問をした事がある。
「オマエ……なぜ人間のままなのに、人間をそうも簡単に殺せるんだ?」
「心の腐った汚いヤツが自分の周りにいたら嫌でしょ? 周りの人間だって同じ事を思ってるはずさ。憎い、呪ってやる、いなくなればいいのに、殺したい。内に秘めた感情はそれぞれだと思うけどね。僕はその代行をやってあげてるだけさ。ただそれだけ」
その言葉を悠々と放ちながら浮かび上がるその冷淡な笑顔がとても印象的だった。




