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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第五章(第一部最終章)・すべての真実はヤミの中に
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5-26-2.嫌な予感【七瀬厳八】

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。


「……クソッ」


 ピンポーンピンポーンピンポーンピピピピピピンポーン。


 九条の住んでいるマンションの部屋の前。インターホンの音だけが虚しく響く。

 誰も出てこない。ドアに耳を当てるが、中に人の気配は感じられない。だが、何処からか僅かに異臭がするような気がする。嗅いだ事のある臭いだ。肉が腐っていく臭い、血の臭い。そんな臭いがドアの隙間から流れ出てきているような気がした。

 嫌な予感が一気に現実味を増してくる。


「ウソだろ、おい……」


「なんですか、この臭い……」


 鬼塚もその臭いに気がついた様で顔を顰めている。

 ドアから頭を離すと一気に絶望感が襲ってきた。

 抑えようのない焦りが込み上げて来る。


 いや、まだ、この目で見たわけじゃない。この目で見るまでは信じる訳にはいかない。


「鬼塚、管理人呼んで来い! 鍵開けてもらうぞ!」


「は、はいっ」


 駆けて行く鬼塚を見ながら、自分に大丈夫だと言い聞かせる。アイツはそう簡単に殺られるようなタマじゃない。

 聞いた話になるが、呪いの家の時だって屍霊と生身で戦ったって言うじゃないか。それで生きて戻ってきたんだ。普段はヘラヘラしている事が多いが、判断力だけは長けていたはずだ。

 そんなアイツが……九条が……クソッ。何をどう考えても、考えが悪い方に行っちまう。


「七瀬さん、連れてきましたっ」


 数分した後、鬼塚が駆け足で管理人を引き連れて戻ってきた。よほど急がせたのか、管理人もゼェゼェと息を切らせている。


「すいません、管理人さん。急がせちまって」


「い、いえいえ……いい運動に……そういえば、九条さん最近見かけませんでしたね……何かあったのかな……なんか臭いますね……」


 管理人はブツブツとそう言いつつズボンのポケットから鍵束を取り出すと、その中から一つの鍵を選び出してドアの鍵を開錠する。


「刑事さん、開きましたよ」


 その言葉を聞き、ドアノブに手をかけゆっくりと回す。一刻も早く中の確認をしたいと思っていた。

 だが、いざ鍵が開くと、不安という波が俺の心に一気に押し寄せ、ドアを開けるという行動を躊躇させる。


「七瀬さん……?」


「分ーかってるよっ」


 鬼塚の心配そうな声に後を押され、一気に扉を開く。チェーンはかかっていない。と言う事は、密室という訳ではない。もしかしてスマホを置いてどこか外へ……。


「クッ……」


 そんな楽観的な考えを全て打ち消そうとするかの如く、中から一気に腐臭が洩れ出てきた。嗅ぎ慣れてしまったこの嫌な臭い。鬼塚も顔を歪めている。


「七瀬さん、まさか……嘘ですよね……?」


「な、何ですかこの臭いっ」


 管理人はそう言い部屋の前から後ずさり離れていく。

 何ですかもクソもない。この臭いの元として考えられるのは唯一つ。生き物の……死体……。

 梅雨も終わり暑くなってきたこの時期に放置された……死骸の臭い。


 土足のまま部屋に駆け込み、奥のにあった部屋のドアを開けた瞬間、俺は目を疑った。悪い予感が的中してしまったのだと思った。不安が一気に絶望へ変わっていくのが分かった。


 部屋に散らばる肉片、壁や床にこびり付いた血痕。

 最早それが人であったのかどうかも分からないほどバラバラに潰されている。いつもの隙間男の犠牲者の成れの果てだ。ただ、いつもと違うのは、頭部すら視認できない。

 部屋を見回すと無残にも切り落とされ青白くなった人の足が一つ部屋の隅に転がっていた。それを見た時、「ああ、この散らばっている肉片は人間だったんだ」と、嫌に冷静に頭の中で呟いてしまった。


「鬼塚……署に……連絡しろ……」


「はい……」


 ここ数ヶ月、一番長い時間共に仕事をした人間が死んだ。ウザったいと感じた事も多々あったが、仕事は出来る奴だった。ありとあらゆる感情が自分から抜けていく感じがした。残ったのは虚無感。

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