5-25-1.お前が最後【天正寺洋輔】
日曜日、恭子は朝から友達と外出すると言う事で家にはいない。
最近ずっと一人で寂しそうにしていたものだから、俺としてもその話は少し嬉しかった。
あんな事をしでかした恭子にも、まだ付き合ってくれる友達がいるのだと。
そして、恭子が出かけている為、家には俺と母しかいない。
「母さん、母さーん」
母は父が死んでから様子が変わってしまった。仕事には行っている様だが、家にいる時は口数が減り俺や恭子ともあまり会話をしなくなっていた。
だが、いつまでもそんな状態で暮らしていく訳にもいかない。俺も父の後を継いで行く決心は固めたし、恭子も将来を見据えての行動に移ろうとしている。そんな中、母だけがいつまでもそんな気落ちした状態だと目に余るものがある。
俺にとっては実の母ではないが、今は実の母と同じくらい慕っている。少しずつでもいいから元気を出していってもらいたい。
とりあえず、今日は俺も休みであるし、気分転換に外出にでも誘おうと思ったのだ。
「母さーん」
いくら呼んでも返事がない。
今日は母も仕事が休みのはずだし、出かけた形跡もない。家にいるはずだ。
呼んでも返事が返ってこないのは最近はよくある事だ。どうせ自室に引き篭もっているのだろう。
そう思い、母の部屋へ足を向け歩き出す。だが、近づいて目に入ってきた母の部屋の様子は、いつもと少し違うように感じられた。
ドアが少し開いている。几帳面な母がドアを半開きにしてそのままにしておくという事に違和感を感じた。
「……?」
部屋に近づくにすれ、嫌な臭いが鼻に入ってきた。なんだろうか、この生臭いというか何と言うか、とてもいい気分になるとは言えない嫌な臭い。
歩を進めるにつれ、その不快感を増徴させる臭いは更に強くなっていく。
すごく嫌な予感がした。
ノブに手をかけドアの隙間から部屋の中を覗く。
「母さ……」
嫌な予感は的中した。
目に入ってきたのはとても想像だにしていなかった光景であった。
「母さん!?」
勢いよくドアを開け、母に駆け寄る。
全身切り傷だらけで血まみれになっている。着ていた服は傷から噴き出た血液で赤く染まり、元が何色かも分からないくらいになっていた。
「母さん! 母さん!」
息をしていない。目を見開き恐怖の形相で死んでいる。一体何があったというのだろうか。とても自殺には見えない全身にある切傷。だが、家に外部から人間が入ってきているなんて気配は一切なかった。
カーテンが開けられて日差しが差し込む窓を見ると、内側から鍵がかかっている。どういうことだ、どうなっているんだ。
そんな状況に困惑していると、後ろから声が聞こえてきた。
「一番目の赤がいいか? 二番目の赤がいいか? それとも、三番目の赤がいいか?」
聞いた事もない低く唸るような嗄れ声。だがその声は、何を言っているかはっきりと聞こえてくる。
恐る恐る振り向くと、そいつは今俺が入ってきた開け放たれたドアの向こう側に立っていた。
「いや、二番目と三番目は出張中だな。フフ、ハハハハッ。厄災から聞いた、〝契約者〟を手に入れての初めての力ってのは、勝手がわからなねぇな」
赤いマントを羽織り、髑髏の仮面をつけたその姿。手には血に塗られた大きな刃物を持っている。
一月程前にウチの事務所にも連絡が回ってきたその姿。
俺はそんな存在など微塵も信じていなかった。どこぞの変質者が都市伝説の真似事でもしているのだろうと、ソレに関する書類を白い目で見ていた。
父もそうだったから気にする必要はないと思っていた。
赤マントの怪人。
それが今まさに俺の目の前にいた。
「お、お前……母さんを……」
「余計な喋りはいらねぇよ。〝契約者〟様の最初のお願いだ。今すぐは殺さねぇ……だが、お前が最後だとよ。少しでも生き永らえさせてくれる慈悲深い〝契約者〟様に感謝するんだな……」
その言葉を言い終えると、赤マントの姿が消えた。同時に腹に走る激痛。息が……。赤マントの手に持たれた鎖付きの鉄球が鳩尾にめり込んでいる。
「可哀想だよなぁ。十分苦しみ悲しんだだろうが、もっと苦しめ。お前も綺麗に綺麗に、赤く赤くしてやるよ……」




