5-24-2.隙間男の強襲【陣野卓磨】
戦邊と呼ばれた男女は中頭理事長の姿を見て驚きを隠せない様子であった。
戦邊……。聞き覚えがある。リサイクルショップで伊刈から聞いた名前だ。その名前を聞いて改めてその姿を見れば、容姿も伊刈が話していた内容と一致している。
「こ、これはこれは中頭さんではありませんか。貴女が学園敷地内から出られるとは珍しい」
戦邊の口調はいかにも動揺した様子を隠しきれず、声が少し上ずっている。
「街に不良呪術師が長期間滞在していると小耳に挟みましたのでね。詳しい事を聞きに或谷邸に行っていたのですが……不穏な空気を感じて、まさか鉢合わせるとは思いませんでしたわ」
「不良呪術師とはまた人聞きの悪い。私も商売でやっているものでしてね。なぁ、弧乃羽」
そう言う戦邊の表情はどこかぎこちない。弧乃羽と呼ばれた人物も、その戦邊の問いかけに無言で理事長を睨みつけている。
そんな二人に対して冷たい視線を投げかける理事長。
「私がここにいると何か問題でも?」
「いえいえ、問題なんて滅相もない。我々は、パトカーのサイレンやら何やらが騒がしいので通りがかりに見物に来ただけですよ。いわゆる野次馬です野次馬。ハハッ、ハッ」
「魂の回収に来た癖に白々しい……」
理事長はそう言うと戦邊を一瞥しこちらに近寄ってきた。そして俺の横に座ると口を開く。
「卓磨君、ごめんなさい……私がもう少し早く気が付いてここに来ていればあの子も助けられたかもしれなかったのに……」
いつも俺に対しては「陣野君」と呼ぶ理事長が珍しく下の名前で呼んできた。何か意図があっての事なのだろうか。理事長は、まだ立ち去っていない戦邊の方を少し気にしているようにも感じられる。もしかして俺の苗字を戦邊に知られないようにとの配慮なのだろうか。
理事長の口から出る言葉は、本当に申し訳なさそうに聞こえる。だが、顔を見るとその表情はいつも以上に冷たい様に感じた。
「いえ……悪いのは俺です。俺がしっかりしていれば……必要な情報も教えてもらってたはずなのに……」
「自分を責める事はないわ。これも全て厄災の……」
俺と理事長が言葉を交わしていると、横からザッと足音が聞こえてきた。
戦邊がこの場から撤収しようと踵を返したのだ。だが、その時だった。現場の方から突然叫び声が聞こえてきた。
「た、たす! 助けて! 誰か! 助けてエエエエエエエエ! あががあがっががぁ! ぐえっ!」
その叫び声と共に、ブルーシートの内側から赤い塊がいくつも飛び出てきた。その一部が俺の座っているベンチの付近まで飛んできた。その様子を見て、理事長は立ち上がりそちらを見つめている。戦邊も何事かと戻る足を止めて振り向きそちらを見ている。
「ひ、ひいいい! あがっ! あっ! あっ! あっ! ああああ!」
なおも止まない叫び声。別の声の叫び声が聞こえる度に、赤い物が辺りに飛び散る。それはまるでミキサーにかけられた肉が処構わずぶちまけられている様に。
自分の足元に飛んできた赤いものを見る。赤い。塊。肉。肉だ。肉片だ。ブルーシートの方から肉片が飛んで来ているのだ。
逃げ惑う警官達。飛び散っている物の正体に気が付いて我先にと逃げる野次馬。
天正寺の遺体を隠すために周囲に掛けられていたブルーシートが勢いよく剥され中の惨状が目に入ってきた。
人の頭が何個か転がっている。天正寺の遺体の周りに無数の肉片と血に塗れた警察官の制服が散乱している。そして見えてきた、醜く腐ったような溶け方をし、所々骨が見え隠れしている緑色の巨体。
「あ……あ……」
目の前に現れた屍霊に言葉が出てこなかった。
屍霊はその体から生えた六本の大きな腕を逃げ惑う警官達に伸ばしては捕まえ、引きずり寄せては逃げられないように捕まえてあらゆる隙間へと引きずり込んでいく。その度に警官達の体はあらぬ方向に折り曲げられ押し潰され、人の形を保てなくなり、押し潰され粉砕され、頭だけを残して小さな肉片へと変貌していく。
辺りには怒声や悲鳴があちこちから聞こえてくる。銃声が鳴り響き、場の混乱が最高潮に達している。
「じ、陣野君大丈夫か!? ここは危険だ! 逃げるぞ!」
七瀬刑事がすごい形相でこちらへ駆け寄ってきた。
足が震えて立つ事が出来なかった。
そんな七瀬刑事の言葉に、俺以外に反応した人物がいた。
「ほほう、陣野。陣野と言うのかこの少年。そうか、どこかで見た顔ではあると思っていたが、それはいい事を知った。まさか〝彼〟のせがれかっ」
横から戦邊の声が聞こえてきた。そしてそれに反応し舌打ちをする理事長。だが、理事長はそんな戦邊達から視線を逸らし、目の前で起こっている惨状に目を向ける。
「先手必勝、ね」
理事長は右手を前方に構え、手の平を屍霊に向けてブツブツとなにやら呟き始めた。




