5-24-1.不審な男女【陣野卓磨】
七瀬刑事や他の警察官達が慌しく辺りを走り回っている。
俺はそんな警官達の姿を呆然と見守る事しか出来なかった。公園内の現場付近には規制線が敷かれ、天正寺が殺された近くはブルーシートで高く囲われて見えなくなっている。
七瀬刑事に言われて、一人公園内のベンチに腰掛け待つ。
公園の周りには人だかり。人、人、人。野次馬だ。中には、規制線の外からビデオカメラを構えて、ブルーシートで囲まれた現場を撮影している見た事のある三人組もいる。
沸いた怒りも一時のものだったのか、今は徐々に治まり何とも言えない虚無感に襲われていた。月紅石も伊刈のスマホも持ってきていたというのに、何も出来なかったという無力感。
なぜ、影姫に聞いた、七瀬刑事からあった忠告をしっかりと覚えていなかったのかと言う後悔。
何度も何度も悪戯めいたメッセージを送りまくるという忠告を、今になって思い出した。それさえ覚えていれば、警戒することも出来たはずだった。
と、そんな事を考えつつ頭を抱えている時だった。
「おやおや、こんな所でベンチに腰掛け何かを待っているという事は、殺されたのは君の友達ですかな? いやはや、場所を探していて……来るのが少し遅れてしまってその瞬間を見れませんでしたな。これは残念だ」
突然、隣から男性の声が聞こえてきた。
「源士郎さん、何度もこういう趣味の悪い事はやめてと言っているでしょう。今日で最後にしてほしいものだわ」
そして、同じ方向から女性の声。
誰かが近づいてくる気配は微塵も感じなかった。振り向くと、手に古ぼけた箱を持った綺麗に整えた髪型に口髭を蓄えた長身の男性と、少し化粧の濃い目の中年の女性が立っていた。二人は俺の事を見る事もなく、ブルーシートで囲まれた現場の方を眺めている。
「はっはっは、そう言うなよ弧乃羽。これも私の数少ない趣味の一つだ。金もかからないし、そうそう頻繁にある訳でもないのだし、これ位は許してもらわないと」
「車の燃料代がかかりますわ……雇っている運転手の時給もかかりますのよ。まったく」
冷ややかな視線で男性を見る女性と、それとは対照的に笑顔でブルーシートを眺める男性。
なんだ、この人達は。最初、俺に声をかけてきたのか? だが、この人達に見覚えはない。忘れているだけか?
そう思い、思い出そうとすると、一瞬頭に激しい痛みが走った。
そんな俺に気が付いたのか、男性が俺の方に視線を向けた。
「おや、どうかされましたか? 表情が冴えませんな。それに顔色も悪い。まぁ、無理もないですか。ご友人がああいう状況になったというのならそう言う表情になるのもね……」
男性からかけられた声に反応する気力もない。だが、そんな俺に対して尚もその男性は俺に話しかけてくる。
「君、どこかでお会いしたかな? なぜか初めてじゃないような気がするのですが……」
「源士郎さん、気になるのでしたら頭の中を覗いて見たほうがいいかしら?」
「そうだなぁ。悪い芽だとしたら早めに摘んでおいた方が良いというし、確認くらいはしておいた方がいいかもしれないな。箱《この子》も不安だろうし」
「フフッ、心配性ね。じゃあ……」
何を言っているんだこの人達は。そう思い二人の方を見ると、不適な笑みを浮かべる女性が自身の指にはめられた指輪を見つめ何かをしようとしているように感じられた。
指輪。赤い宝石の付いた指輪。それが目に入った瞬間、俺は何とも言えない不安が全身を駆け巡った。
あれはもしかして……月紅石じゃないのか?
「心の中の……」
女性がそう呟くと、女性の背後の風景が少し歪んだように見えた。だが、女性がそこまで言いかけた時だった。ベンチの逆側から別の女性の声が聞こえてきた。
「戦邊さん、そこまでにしていただけるかしら。この子は私の教え子ですのよ」
その声に驚き振り向くと、そこに立っていたのは黒いドレスを身に纏い日傘を差した女性。
中頭理事長であった。




