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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第五章(第一部最終章)・すべての真実はヤミの中に
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5-23-2. 5-2-1?【陣野卓磨】

 目の前に転がる長い毛の生えた丸い物体。それを見て俺は思考能力を失いかけていた。

 事件解決の糸口と言う希望の光が見えてトイレから急いで戻った先にあった光景。

 自分の目を疑う事しか出来なかった。


「お、おい……」


 横にあるベンチに腰掛けるマネキンの様に動かない体と、地面に転がる頭。それらを交互に見比べる。まるで生気のないその視線はと目が合うと、一気に気分が悪くなってきた。全身から不安と恐怖、絶望……様々な負の感情が沸きあがってきた。


「嘘、嘘だろ? 何の冗談だ……?」


 先程まで俺の横で笑って、怒って、悲しんでいた人物。

 留学するから最後の思い出にって言ってたじゃないか。将来世界で人を助ける仕事につきたいって言ってたじゃないか……。他に誘える人がいないからって俺に……。

 何がどうなっているんだ……。


 ベンチに腰掛けたままになっている首から上の無い体の胸には刺された痕と思われる傷があり、そこを中心にして服に血が滲んでいる。切断された首からの出血はあまりない。

 首からはあまり血が出ていないせいなのか、それが作り物に見えてしまう。


「天正寺、お前、コレは悪い冗談だぞ……? どこだ? どこに隠れてるんだ? こんなリアルな人形……金かけて作ったって……素人の俺を騙したって……趣味悪いぞ……」


 だが、俺のその声に反応する人間はいない。辺りを見回しても人影は見えないし、気配すらない。休日だというのに閑散としていて人っ子一人見当たらない。

 なんだ、この光景、なぜだ、どこかで見た事があるような気がする。


 空は晴れ渡っているが、もうすぐ日も沈む時間。時期的に寒いなんて事はないはずなのだが、この周辺だけやけに気温が低い気がする。


 人間がやったのか? それとも屍霊か?

 なんで、何で突然こんな事に……。俺が傍にいたのに……トイレに行く為に席を外したものの数分の間に……。

 記憶なんて見ている場合じゃなかった。記憶を見ていなければ、俺が早々に戻っていればこんな事にならなかったかもしれないのに。


 目の前に転がるモノが、天正寺の遺体であるとはっきりと認識をし終えると、天正寺が手渡してくれたハンカチが手から零れ落ちた。


『ちゃんと洗ってから返しなさいよ。大事な物だから……』


 天正寺が最後に俺に言った言葉が脳裏に蘇ってきた。

 洗って……誰に返すんだよ……。


〝ざまぁみろ……クズがいい気味よ……〟


 伊刈の声が頭の中に聞こえてきた。

 突然の声に横を見ると、所々透明がかった伊刈がいつの間にか俺の横に立っていた。


「い、伊刈、なんで……」


〝陣野君が呼んだんじゃないの? だとしたら、陣野君が無意識に呼んだのかもね。それともその紅い石が……〟


 そう言われて手首にある数珠を見ると、僅かな赤い光を放っている様な気がする。

 天正寺の転がる頭を見つめる伊刈の視線は冷たかった。その冷ややかな視線には、どこか怒りの感情も感じられる。


「ざ、ざまぁみろって……伊刈、お前……まさか……」


〝なーんて冗談。私が殺したとでも思った?〟


 俺の言おうとした言葉に被せる様に、伊刈の言葉が放たれる。

 だが、伊刈の声は小さくまるで俺に向けて言っている様には聞こえない。棒読みで放たれたその小さな言葉は酷く冷淡に感じられた。


「悪い冗談は……」


 その時俺は思い出した。少し前に見た夢の内容を。そして、恐る恐る伊刈の方を見る。天正寺の成れの果てを見つめる伊刈の視線から感情を読み取ることは出来ない。

 やめてくれ、その後の言葉は言わないでくれ……。言わないでやってくれ……。冗談であってくれ……。

 天正寺は、本心からお前を虐めてた訳じゃないんだ。それに、お前の言葉を信じてこれから前を向いて進もうと……。


 六月だというのに、季節外れの冷たい風を肌に感じる。俺も伊刈も口を開かない。短い時間のはずだったが、この沈黙がとても長く感じられた。


〝私ね、屍霊になった時の記憶って殆どないけど、屍霊になる前の事は少し覚えてるんだ……〟


 そして沈黙を破り放たれた伊刈の言葉。それは俺が頭の中に思い浮かべていた言葉とは違うものだった。


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