5-23-1.ハンカチの記憶【陣野卓磨】
何とか窮地を乗り越え、手洗い場でいつも以上に手を洗う。この公園のトイレが比較的綺麗で、紙もきちんと補給されていて助かった。
ポケットに手を突っ込み、天正寺から預かったハンカチを取り出そうとすると、またさっきのような感覚がやんわりと襲ってきた。
そうだ、このハンカチから記憶を読み取れそうな感覚があったんだ。天正寺の持ち物だし、また何か伊刈の虐めの真相に関しての記憶かもしれない。
「見てみるか……」
少しくらい待たせても大丈夫だろうと思い、ボソッと洩れた言葉と共に便器のある個室へと戻り、扉を閉める。そして、便器の蓋を閉めてその上に座り、ハンカチを握り締め念じると、意識が薄れていった。
◇◇◇◇◇◇
「えー! 私も海行きたかったー!」
どこかの家の中、少女が不満そうに男性にそう訴えている。それを聞いた男性は困ったように首筋を掻いている。
「清太、芽依理も毎年農家の手伝いに付き合わされて田舎ばっかり行くのも可哀想じゃない。折角だから一緒に行くって言えばよかったのに。もう、気が利かないんだから」
二人がそう会話していると、キッチンの方から一人の女性が料理を手に二人の下へと歩み寄ってきた。
「えー、そうか? いつも楽しそうにしてると思ったんだがなぁ」
「お爺ちゃんお婆ちゃんと会う楽しみと、友達と遊ぶ楽しみは違うでしょ。実家の事も大事なのは分かるけど、もっと芽依理のことも考えてあげてよ」
料理をテーブルに並べつつ男性を諭す女性。
伊刈や天正寺達の姿は見えない。どうやらその関連の記憶ではないようだ。
どうやら、どこかの家族の会話のようだ。しかし、出てきている名前には聞き覚えがある。『芽依理』『清太』。最近聞いた名だ。忘れるはずもないその名前、影姫伝いに七瀬刑事から知らされた、今出現している屍霊の元となった人間の名前だ。しかしなぜ、その二人の記憶が天正寺の持ち物から見れるのだろうか。
「しかし、もう断っちまったしなぁ。今更参加させてくれなんて……」
「話してたのって一色さんと伊刈さんでしょ? なら、別に今から言ったって気に何てしないわよ。むしろ快く受け入れてくれるんじゃないの」
清太は恐らく妻であろう女性の言葉に唸りを上げながら考え込んでいる。
横にはそんな父親の姿を眺める芽依理の姿。
「んー、まぁ、しょうがないなぁ。田舎の方は兄貴に任せるか……たまにはそうだよな」
「ほんとにほんと!? お父さん、絶対、絶対だよ!? 私も海に行って泳ぎたいの!」
「泳ぐってったって、芽依理はプールでも浮き輪つけて浮いてるだけじゃないか」
「違うのー! 泳いでるんだもん!」
そしてこの会話の内容。これもうっすらとだが覚えている。以前両面鬼人に見せられた記憶の内用と一致している。理髪店で三人の男性がしていた話だ。
伊刈、一色、茅原。何の偶然か、何の因果か分からないが、あの理髪店に居た三人全てが屍霊になっている。
「あー、分かったよ。話とくから。それより芽依理、今日は恭子ちゃんの所に遊びに行くんだろ? 誕生日のお祝いに行くんだから、準備しておかないと時間遅れちゃうぞ」
「あ、そうだった! 可愛いハンカチ用意してもらったの!」
少女はハッとした顔をすると、そのまま部屋から出て行ってしまった。
「ちょっと清太。もう。準備は後でもいいじゃないの。ちょっと、芽依理! 芽依理!」
キョウコちゃん……。もしかして天正寺の事か。
天正寺から預かったハンカチから見た記憶なんだ。十中八九そうであると考えられる。見た光景から察するに、このハンカチは茅原芽依理から天正寺に渡された誕生日プレゼント。
となると、今出現している屍霊の縁者となるのは天正寺。伊刈の虐めの件はあまり話さない方がいいと判断したが、こっちは……。天正寺は来週には居なくなってしまう。何とか天正寺の協力を得て、茅原芽依理だけでも鎮めるべきか。そうすれば、もしかしたらその父親である茅原清太も芋づる式に鎮められるかもしれない……。
昔あった事件の被害者と容疑者だ。
どこまでいけるか分からないが、僅かな可能性くらいはあるはずだ。
事件解決の糸口が見えてきたぞ。




