5-22-7.ファイナルダッシュ【陣野卓磨】
「どうかした? 何か顔色悪くない……?」
話の続きをしようとしてこちらを向いた天正寺に、俺の挙動が気付かれてしまったようだ。
押し寄せる波さえ超えればあわよくば我慢できるかと思ったが、さすがに顔色までは隠せなかったようだ。
「いや、まぁ……ちょっと腹の調子が……大丈夫だ、続けてくれ」
「あー、さっきのパフェのせいでしょ。無理そうだったら残したらって言ったのに無理して全部食べるから……アイスとか結構多かったし、それでお腹冷やしたのかな」
「いや、だって残したら倍額払いだろ。さすがにそこまで金出させるわけには……」
「私は別にいいって言ったじゃん……」
そう言い辺りを見回す天正寺。そして、俺が見つけたトイレの方を見るとそちらを指差し俺の方を見る。
「ほら、あそこにトイレあるし、さっさと行ってきなさいよ。我慢してこんな所で漏らされたら私だってたまったもんじゃないわよ。話なんて後でも出来るから」
「わ、悪い。そうする。俺もこの年になって流石に漏らしたくない……」
『後でも出来る』
そう、話しなんて後でも出来るのだ。その言葉に甘えてそう言い立ち上がると、トイレへ向かって一歩一歩と歩み出す。極限の我慢をしている時はこの一歩一歩が大事なのだ。歩幅や勢いをミスすると、ケツの穴から出るガスと共に……いや、考えるな。頭の中を無にするんだ。
「ちょっと待って、あんたハンカチ持ってんの?」
「も、もち……」
今話しかけるんじゃぁない。引き止めるんじゃない。温かい目で見守って見送ってくれ。
そう思い一応ポケットを触り確認するが、ハンカチが俺のポケットに入っているという触感がない。どうやら途中でトイレに行った時にポケットにちゃんと押し込めれていなかったのか、どこかで落としたか忘れてきてしまったようだ。
「まさか、持ってないの?」
「いや、途中までは持ってたはずなんだが……ぐっ。まぁ、服で拭くから大丈夫……」
そう言って苦しむ俺に、天正寺は自分のハンカチを差し出してきた。
「そんなの駄目よ。貸してあげるから、ちゃんと手を洗ってきなさいよ。隅々までしっかり綺麗にね」
「わ、悪いな」
「ちゃんと洗ってから返しなさいよ。大事な物だから……」
なんだ……、この台詞。どこかで聞いたぞ。
サラッと聞こえてきた天正寺の言葉が頭に残る。しかし、今はそんな事を考えている余裕はない。
そう言う天正寺の手からハンカチを受け取る。すると、また例のアレが襲ってきた。
襲ってきたのは腹痛による波ではない。記憶の波だ。
駄目だ、今はマジで駄目だ。気を失ってウ○コ漏らすとか、末代までの恥だ。気合だ、気合を入れろ。ここで意識を保てなきゃ何時保つっ。
幸い、喫茶店やリサイクルショップの時の様に急激に来るという事はなかった。何とか意識を保ちつつ、ハンカチを握り締め最後の賭けのダッシュでトイレに駆け込む。
間に合ってくれ、俺の腹、俺のケツ……!




