5-22-4.グラスの記憶【陣野卓磨】
「大貫さん! マジで何とかなんないんすか!? アイツ鬼っすよ! 悪魔っすよ!」
突然聞こえて来た声は聞き覚えのある声であった。
目を開くと三人の女性が喫茶おわこんののボックス席に座っているのが視界に入ってきた。
今、俺と天正寺が座っているのと同じ席だ。片方には……御厨と洲崎だ。向かいに座っている女性は大貫と呼ばれていたが、俺は見た事がない。しかし、名前には聞き覚えがある。確か目玉狩り事件の被害者に『大貫まち』という名前の人がいたと記憶している。
どうやら声を荒げていたのは洲崎の様で、顔色も悪い。
「正直、伊刈さんがあのオッサンから逃げてくれてホッとしてる……。いくらなんでも無理矢理援助交際させるのは……」
「美里、緑、アイツに見つかったのが運の尽きだと思って諦めるしかないよ。大体あんた等もあんた等でしょ。万引きなんてセコイ真似するから……」
「ちょっとした出来心だったんです。まさかあんな人に見つかってこんな事になるなんて誰も想像できないじゃないですか。こんな事になるなら、潔く捕まってこっぴどく怒られた方がマシだったかもしれない……」
そう呟く御厨は、終始俯き誰とも目をあわせようとしない。元気もなく、紡ぎだされる言葉もどこか棒読みである。
「アイツに弱み握られたら終わりだよ。それに、もう言われた事を実行しちゃってんでしょ? なら、もうやり続けるしかないよ。逆らって酷い目に合った子も知ってるし……」
「ひ、酷い目って何ですか」
「失踪して……数日後に近くの公園で首吊ってた子もいるし……」
「そ、そんなっ! それって……でも、大貫さんも従ってるって事はアイツに何か弱みを……!?」
そう言われた大貫は返事もなく押し黙ってしまった。
何だ。俺は今、何を見せられているんだ。
今の所、会話の内容からは何も見えてこない。なぜ、終わったはずの目玉狩り事件の被害者達の会話を聞かされているのだろうか。
「そ、そんな事どうでもいいでしょ。とにかくあなた達は私を介してアイツの命令聞いてればいいのよ。今の所、そんな無理難題押し付けられてないでしょ。あんた等がちゃんとやらないと私が殴られんのよ! サツに突き出されたくなけりゃ、グダグダ言ってないで言われた事やりゃいいの! もうあんた等だって引き返せない所までやっちゃってるんだから!」
大貫は嫌なことでも思い出したのか、機嫌が悪そうに目の前のレモンティーを飲み干すと勢いよくグラスを机に置いた。
大きな音と共に揺れるテーブル。御厨と洲崎はそれを見て萎縮してしまった。
「でも、やりたくもないのに命令されて人を虐めるって結構しんどくて……やってる時は……うん、スカッとする時もある。でも、その後は何をしてるんだろうって暗い気分になって……大体の事はうまくそそのかして恭子にやらせてるけど、見てるのも結構しんどいし……」
「だよね……緑もそう思ってたんだ……親にもこんな事言えないしさ。大体、何の目的で伊刈さんを虐めるのか分かんないよ。理由すら分からないって余計しんどい……私達だって周りからそう言う目で見られるし……」
「学校の裏サイトだってそうよ……管理人が私だって気付いてる人、絶対何人かいる。広まってはないみたいだけど、いつ周りの皆に言われるかと思うと、不安で……」
なんだ……? この二人は自分の意志で伊刈を虐めていたんじゃないのか?
今の会話からすると、この三人に命令を下して伊刈を苦しめていた人物がもう一人上にいるって事になる。
……。
まさか、伊刈の事件はまだ終わっていないというのか?
だとしたら、この前に見た鴫野に関しても何かが……。
「恭子はさ、私達が話しかける前はいつも一人だったから、私達とつるむようになって楽しそうにしてる時はあるけど……いつも、なんだかんだでお金出してくれるし、申し訳ないなって」
「だよね、普通の友達だったらいい友達になれたかも知んないけど、今の状況じゃ……何も知らない恭子が何か可哀想で。どこか、恭子も無理してる感あるし」
「二人とも、死にたくなかったら従うしかない。これだけはハッキリしてんだよ。アイツの立場上、私達がどれだけ訴えたって……兎に角、次はだね……」
おかしい。そうだ、おかしかったんだ。伊刈や鴫野が呼び出せるのに、柏木の婆さんが呼び出せない事に、もっと違和感を抱くべきだったんだ。
映像はそこまででどんどんと意識が引き戻されていく。そして、視界が紅い光に包まれていく。
まさか、これは月紅石によって俺の能力が強制的に引き出されて、グラスの記憶を見せられているのか。待て、待ってくれ、アイツって誰だ。さっきから会話に出ているアイツって誰なんだよ。
フルネームじゃなくてもいい。苗字だけでも……。




