5-22-2.待ち合わせ【陣野卓磨】
喫茶店に近づくと天正寺の姿が見えてきた。
向こうはまだこちらに気が付いていない様で、俯き加減にスマホの画面を覗き込んでいる。
「おっす」
余程スマホの画面に意識を集中していたのか、声をかけるとビクッと肩を震わせこちらに顔を向ける。
「あ、おはよう……。影姫さんは……来てないんだ」
俺の方を見るなり、影姫の姿が見えない事に気がつくと天正寺は残念そうにそう呟いた。
「あ、ああ。影姫はちょっと用事があるらしくて……だからとりあえず俺だけ来たんだけど、駄目だったか」
「え? ううん、全然いいよ。来てくれただけでもホッとしてるから。もしかしたら待ちぼうけ食らうかなってちょっと思ってたし」
そう言って苦笑する天正寺の笑顔は、虐めをしていたあのキツイ女にはとても見えなかった。
そういえば天正寺と二人きりになるというのはこれが初めてな気がする。そんな事もあってか、何を話していいのかよく分からなかった。とりあえず俺は呼び出された身なので、天正寺が口を開くのを待つしかない。
テーレレッテ、テレレ~テレレ~テレレ~♪ ………
そんな事を思いながら立っていると、天正寺のスマホから何かの着信音が聞こえてきた。
だが、天正寺はそんな着信を無視するかのようにスマホを持っていたバッグにしまいこむ。
「スマホ鳴ってたみたいだけどいいのか?」
「うん、なんか最近悪戯みたいなメッセージが多くて。今日も来る前から二、三回着信着てて……今鳴ったのも多分それだから気にしないで。とりあえず店に入ろっか。ちょっと話をしたいこともあるし」
「ああ」
そう促され二人で店に入る。店内には他に客がおらず、相変わらずマスターが暇そうに雑誌を読んでいる。客席側では、砂河さんがいそいそとテーブルを磨いている姿が見えた。桐生はいないようだ。
天正寺は桐生がここでバイトをしているのを知っているのかどうかは知らないが、二人が鉢合わせになる事がないと分かり、どこかホッっとした。
扉が開いたベルの音に気が付いたマスターはこちらに視線を向けると、少しにやけた顔になり雑誌を横に置くとこちらに近寄ってきた。
「いらっしゃい。席は空いとるから好きな所に座って」
そう促され天正寺は軽く会釈をすると奥の席へと歩いていった。
「卓磨君、今日はえらいベッピンさんを連れとるじゃないか。あの子が本命か? この間の子も可愛かったと思うが……ワシはどっちかというと……」
「違います。変な勘ぐり入れないで下さい。俺はちょっと呼び出されただけで」
「ほう! それではこれから愛の告白が……! ワシの店からカップルが……っ」
「だーからっ、違いますって! アイツとはそう言うのは絶対にないですから!」
マスターはいつも、女子を連れていると変な勘ぐりを入れてくる。これさえなければいい人なのだが……。天正寺は一人奥の席に腰掛け、ヒソヒソと話をする俺達を訝しげに見つめている。
「そうか。まぁ、卓磨君。君もエエ年なんだし、いつまでもパソコンの画面を見ながら鼻伸ばしてないで、彼女の一人くらいはな……」
「余計なお世話ですっ。てか、何でそんな事を知って……まぁ、いいです。とにかくそう言うのじゃないですから」
これ以上無駄話をして天正寺を待たせるわけにも行かず、マスターを押しのけてとりあえずは奥の席に向かう。
背後からはマスターの残念そうな小さな溜息が聞こえてきた。ウチの爺さんならともかく、何でマスターが残念がるんだよ……。




