5-21-3.兄との会話【天正寺恭子】
墓参りの後、どうしても私は家に帰る気が起こらず、いろいろな場所に足を向けていた。
近所にあったゲームセンター、カラオケボックス、ファーストフード店。でも、どこへ行くにも一人。
墓場であった妙な中年男性以外に誰から声をかけられることもなく、まるで私は他人には見えていないのではないかと思えてくる程であった。声をかけられるなんて滅多にない事だなんてのは分かっている。けど、今の気持ちがそう思わせてくるのだ。
家に帰った時には、すっかり日も暮れて辺りは薄暗くなっていた。
外から眺める自宅。窓からは明りが洩れている。この時間だと母は家に帰っているであろう。兄もいるかもしれない。
扉を開けて家に入るも、誰の声も聞こえてこない。父が生きていた頃は、母が顔を覗かせ「お帰り」と言ってくれる事が多かった。だが、父が死んでからはそんな日常的な一言も消え失せてしまった。
人がいるのに静まり返った家の中。テレビの音すら聞こえてこない。元々広い家ではあったが、その静けさも相まって余計に広く感じる。
自室に向かって歩いていると、自分の部屋から出てきた兄と鉢合わせた。
「帰ってたのか。遅かったな」
「うん……ただいま。ちょっと寄る所があったから……」
私の言葉を聞いて、兄は何かを察したかの様に「ああ」と声を漏らす。兄も芽依理の事は知っている。私の返事を聞いて、今日が命日だった事を思い出したのだろう。
「ところで、出発は来週だろ? もう準備は出来たのか?」
「うん……もうちょっと」
準備。何の準備かと言うと、海外留学の準備である。
私の将来の希望として、世界でボランティア活動に従事したいと言う事で、兄が今付いている議員先生に相談して勧めてくれたのだ。幸いホームステイ先も見つかり、来週出発の予定になっている。今の学校での状況もあるし、その方がいいだろうとの結論だった。
私としては逃げるような気もして気が進まない部分もあったのだが、このままずっと一人で霧雨学園に通い続けていてもどうにもならないと思い、決心したのだ。
クラスの奴等も私がいなくなってせいせいするだろうし、これでいいのだろう……。
「……まぁ、まだ一週間あるんだし、思い残す事のないように色々済ませとけよ」
「私、もうそんな友達とかいないから……」
小さくそう呟く私を見て、やれやれと言った感じでこちらを見る兄の視線がとても腹立たしく感じた。
なぜ兄は私に優しくしてくれるんだろうか。私は再婚相手の母の連れ子で本当の兄妹じゃないのに。私が虐めの主犯格として伊刈さんを虐めていた事も知っているのに。内心では私を馬鹿にしてるんじゃないか、天正寺という家の名前に泥を塗った私を憎んでいるのではないかと少し思ってしまう。そして、そんな事を思ってしまう自分にも少しの苛立ちを感じてしまう。
「そんな事言うなって。いくらなんでも一人や二人くらいは気にかけてくれる人もいるだろう。遠く離れて会えなくなる前にさ、挨拶とか色々と言っておきたい事とか伝えておいた方がいいんじゃないか」
「もういいから……っ。ほっといてよ」
そう言い、兄を跳ね除けて自室へと足を向ける。背後からは兄の視線を感じたが、兄の助言を拒絶した手前、振り返ることは出来なかった。
言っておきたい事、伝えておきたい事……。
誰かに私の胸の内を話して、少しでも気が楽になることは出来るのだろうか。




