5-21-1.お墓参り【天正寺恭子】
田中先生に送られ自宅に到着した。車内では終始二人とも無言であった。元々口数が少ない上に、柄にもなくこういう事をしたものだから、田中先生も何を話していいのか分からなかったのだろう。
ただ、最後私と別れる時に「白石先生に相談しづらいなら、俺がいつでも相談に乗ってやるから遠慮なく来なさい。俺に相談しづらいなら蘇我もああ言ってくれてた訳だし、一人で溜め込んでは心身が疲弊するだけだぞ。もっと人を頼りなさい」と声をかけてくれた。
家の前に立ち尽くす。田中先生の車は、走り去ってもう見えない。家に入っても誰もいないのは分かっている。一人ぼっち。誰の声も聞こえてこない。
そうして五分程ボーっと立ち尽くして、ふとスマホの画面を見て今日の日付が目に入ると思い出した事があった。今日は幼馴染の命日であった。
茅原芽依理。それが、今日が命日である私の幼馴染の名前。
私は彼女が亡くなって……いや、殺されてから毎年墓参りに行っている。最近色々あったせいで、忘れていた。今思い出せなかったら、今年は行くのを忘れてしまっていたかもしれない。
どうせ家に入ってもすることはない。ゴロゴロとして今日あったことを思い返して暗い気分になるだけだ。
こんな気持ちで芽依理に会いに行きたくはない気もするが、時間が空いたし丁度いい事もある。お墓参りに行こう……。
◆◆◆◆◆◆
タクシーを呼び、芽依理の墓がある寺に向かった。着替えるのも面倒で制服のままこの時間にタクシーに乗ったせいか、運転手の目線が痛く感じた。私は何もしていないのに、皆が私を卑下しているように見えてくる。
やはり、今日は家に引き篭もっていた方がよかったのかもしれない……。
到着して墓地を見回すが私の他には誰もいない。
吹く風に揺られる木々のざわめきだけが私の耳に入ってくる。
そんな静かな空間に少し安らぎを感じた。誰もいない静かな広い墓地が私の心に安心を与えてくれる。
『今、恭ちゃんの家の前にいるの!』
そんな辺りの情景を感じながら突っ立っていると、頭の中に芽依理の声が響いてきた。
スマホのSNSに入ってきた芽依理の最後のメッセージが今でも頭に思い浮かぶ。芽依理は私の家に遊びに来た時、今何処まで来ているか逐一報告してくる子だった。
あの時、なぜ私はすぐに玄関に出て迎えに行かなかったのだろう。見ていたテレビアニメの続きが気になって、返事もそこそこに数分間門前で待たせてしまった。父も母も兄も家を空けていて、私しかいなかったというのに待たせてしまったのだ。
アニメがCMに入って急いで家を出た。だが、そこには誰の姿もなかった。あったのは道端に落ちていた芽依理のスマホだけ。そして走り去る赤い車。その時は私も幼かった為に芽依理がなぜいないか、なぜいなくなったかが分からなかった。しばらくは親からも「引越したんだろう」と言われていた為、それを信じていた。
墓石の前まで足を運び屈んで手を合わせる。
急な思いつきで出て来てしまった為、花も数珠も持ち合わせておらず祈る事しか出来ない。
「芽依理、ごめんね……私がすぐに出て行かなかったから……」
墓の前で手を合わせ芽依理の笑顔を思い出すと、今でも涙がこみ上げてくる。
芽依理の事件を知ったのは私が中学に上がってからの事だった。たまたまその頃、ネット上に投稿されている日本で起きた凶悪事件の動画にはまっていて色々見ていたのだ。その中にその事件の動画はあった。
〝霧雨市・門宮市広域連続児童殺害事件〟
それは十五分程度にまとめられた動画だった。
この動画を見るまで、自分の住んでる街で、まして自分の生きていた時代にこんな事件が起こっていたなんて知らなかった。
その動画の中で語られていた被害者の中にあったのだ。芽依理の名前と当時の顔写真が。目隠しはされていたが、私は一目で分かった。しかもその事件の犯人は芽依理の父親であったという。
私はそれを見た時、俄かに信じ難かった。私も芽依理の父親とは何度か面識があったが、とてもそんな事をするような人には見えなかったからだ。直近に死んだウチの義父親とは違って……。
動画の中では、動画チャンネル主の事件に対する考察も付け加えられていた。その人の考察によると、犯人は芽依理の父親ではないと踏んでいるらしい。彼が犯人だと紐付ける証拠品があまりにも出すぎていると言うのだ。それも、見つけてくれと言わんばかりに。
私もそう思う。私だけじゃない、芽依理の父親を知っている皆がそう思っていると思う。だが、事件は表向きには解決済みだ。最近になって芽依理の父親の遺体が発見されたらしい事がネットニュースに出ていた。警察がこの事件に関して捜査する事ももうないだろう。そして私に出来る事も何も無い。
「ああいう勝手な考察とかジャーナリストとかあんまり好きじゃないけど、芽依理を殺した真犯人見つかればいいのにね……じゃ、また来年来るから」
そう独り言を言い残して立ち上がり、墓を背に歩き出そうとした時だった。スマホに入れているSNSの通知音が鳴り響いた。
私のスマホからは聞いた事のない着信音。この局は確か、『メリーさんの羊』……。
スマホを取り出し通知を見ると、見知らぬアカウントからのメッセージであった。送信主の名前は文字化けしていて読む事が出来ない。
どうせ、私のアカウントを知っているクラスの誰かの悪戯だろう……。




