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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第五章(第一部最終章)・すべての真実はヤミの中に
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5-20-3.気持ちが悪い【天正寺恭子】

 教室を出ると、他のクラスの何人かの生徒も何事かと興味本位に野次馬をしていた。

 泣いている顔など見られたくないので顔を上げて見回すことも出来ないが、心の中に生徒達の声が聞こえてくるような気がする。

 泣いている私を見て「ザマァミロ」とでも言いたいのであろうか。言いたければ口に出して言えばいいのに。好きなだけ言えばいいのに。罵声を浴びせて自身の気が済むのならやればいいのに。


「柴島先生、何かありましたか」


 声をかけてきたのは隣のクラスの担任である田中先生であった。


「ええ、ちょっと……天正寺さん、今日は帰らせますね……ほら、あんた等っ! 見てないでさっさと自分の教室行きなさい! 朝のホームルーム始まるよ!」


 そう言われて、こちらの様子を見ていた生徒達は蜘蛛の子を散らすかのように自身の教室へと戻って行った。


 それを聞いた田中先生は少し黙り込む。この人もどちらかと言うと白石先生と同じ様なタイプだ。柴島先生に何を言う事も無く、このまま二つ返事を返して自身のクラスへと足を向けるのだろう。

 去年私のいたクラスの担任だったので、それは知っている。この人はそういう人だ。


「田中先生、朝のホームルームはちょっと抜けますね。天正寺さん連れて行きますので……」


「いや、ちょっと待ってください」


 そう言う柴島先生を田中先生が制止する。

 何事にも無関心な田中先生が一体どういう了見だろうか。

 珍しい事もあるものだ。


「柴島先生、確か天正寺さんは電車通学でしたね」


「え、ええ。確か」


「それに加えて、柴島先生は徒歩通勤だ」


「それが何か……?」


 田中先生の唐突な質問に、柴島先生も少し訝しげな顔をしている。

 遠回しに何が言いたいのだろうか。


「親御さんの件もありましたし、この状態で天正寺さんをこのまま一人で帰らすのは少々心配だ。私が車で送っていくから、柴島先生、朝のホームルームお願いします」


「へ?」


 それは意外な言葉であった。私はもちろんの事、柴島先生もその思いがけない申し出を聞いて動揺している。

 学校中で無表情無関心で知れ渡っている田中先生からこんな言葉が出てくるなど、思いもしなかった。


「いや、でも……」


「柴島先生は車を持ってないでしょう。白石先生も……あの様子じゃあまり気が乗らなさそうですし、私が送っていきます。今は手を離れていると言っても元担任ですから、去年何度か足を運んだ事がありますから家も知ってますし……。一限目にある私の授業のクラスだけ自習の連絡をお願いします」


「は、はぁ。わかりました。田中先生がそう仰ってくれるのなら助かります」


「後ですね……」


 田中先生はそう言うと声を潜めて柴島先生に話し出した。それは回りの生徒に聞こえないように配慮してのようだが、私には聞こえた。


「色々複雑な事情があるようでしたら、とりあえず今日は病気による体調不良と言う事で学年主任には伝えておいてください。学年全体で話し合う必要があるようでしたら、私からも他の先生方に声をかけますので」


「は、はい」


 柴島先生はそう返事をすると、田中先生に「宜しくお願いします」と声をかけて、書類や出席簿を受け取って自身の教室へと足を向けていった。


 田中先生の後を付いて歩く。すれ違う人はいなかったが、磨りガラス越しに見える教室の中の生徒の影が、皆して私の事をあざ笑っているかのように感じた。とても気分が悪い。気持ちが悪い。鼓動が高鳴り、胃がもやもやしてくる。


 こんな気分は初めてだった。


「田中先生っ!」


 田中先生に連れられ昇降口へ着いたと同時くらいに、田中先生を呼ぶ声が聞こえてきた。振り返り見てみると、そこに立っていたのは風紀委員の蘇我さんであった。田中先生も振り返るとその姿に気がつき立ち止まる。


「なんだ、蘇我か。もうホームルーム始まってるんじゃないのか?」


「白石先生には言ってあります。あの、付添いとかしなくても大丈夫ですかね? その……なんていうか、生徒側としても、なんていうか……」


 言い出しにくそうにもごもごとしているが、言いたい事は分かる。でも、正直構って欲しくない。


「蘇我、私は状況を詳しく知らないからハッキリとは言えないが、今は一人にさせてやった方がいいと思う。だから蘇我は教室に戻りなさい。私が責任を持って家に送り届けるから」


「でも……」


 私はそんな蘇我に対して苛立ちを感じた。こんな状況になって孤独になり、ああいう事をされた私を心の中で笑っているんだと。こんな私に上辺だけの善意で手を差し伸べて見下しているのだと……。

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