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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第五章(第一部最終章)・すべての真実はヤミの中に
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5-15-5.湯呑の記憶②【陣野卓磨】

「あの時は……今とは状況が違うんです」


「今とは状況が違う? まぁ、違うでしょうな。前の時は赤の他人、今は大事な大事な自分の娘。悲しみの度合いが違う。私も人の親ですからね、我が子が死ねば、そりゃあ悲しいのは分かりますよ。でもね、貴方はもう既に泥沼に足を踏み入れてしまっているんですよ。このお金を受け取り口を噤むか、それができないのならば……」


「戦邊さん、帰ってください。……もう、我々はあなた方とお話しする事は何もありません……」


 伊刈の父親は苦しそうな表情をしつつ立ち上がると、男の言葉を遮る。その視線は相手を見ておらず、定まっていない。母親の方も二人を見ようとせずに頭を抱えて俯いてしまっている。


 だが、そんな二人に対する戦邊の視線は冷たかった。


「伊刈さん、あなた何か勘違いしておられますね。我々は話し合いをしに来たのではありませんよ。言うなれば一方的なお願い事です。命令といっても過言ではないでしょう。話し合いならば先生達の部下や秘書でも出来る事ですからな」


「ならなぜ……」


「ではなぜ我々の様な部外者にご依頼なされているか……そう、我々に依頼するという事は、本来ならばこんなお金用意する必要もないんですよ。余計な出費になりますからな。ではなぜこんなお金を出されるのか。そう、これは先生方の、せめてもの温情です。何事も約束事を交わすのならばお互いウィンウィンでないといけませんからな」


 淡々と語る戦邊。

 戦邊は帰る素振りなど一切見せずに話し続ける。

 そして今度は女の方が口を開き始めた。


「前の時も言ったでしょう。貴方方に選択肢は一つしかないんですのよ。さ、四の五の言わずにこれを受け取って、借金をなくして新たなる生活・普通の生活に戻ればいいじゃありませんか。これを受け取れば借金まみれで地べたを這いつくばり泥水を啜るような生活からおさらば出来るんですのよ? こんな大金が舞い込んでくるんだから、娘さんに感謝してあげないと。どうせ保険もかけていないんでしょう? ああ、かけていたとしても自殺だと出ませんでしたからしら。フフッ」


 戦邊に続き女の口から冷たい言葉が言い放たれる。だが、さすがに伊刈の父親も『娘が自殺した事に感謝』という言葉に我慢ができなかったようだ。今まで堪えていた怒りが爆発したのか、机に勢いよく両手をつき、拳を震わせている。


「ふざけるな!! 娘と金と、どっちが大切だと……! あんたら……本気でそんな事を言っているのか!!」


「亮太、落ち着いて……! 前の事故の私達以外の目撃者がどうなったか……!」


 怒りで声を荒げて叫ぶ父親に、それを宥める母親。だが、そんな様子すらも一切動じずにニコニコとした顔で冷たい視線を投げかける中年の男女。まるで、こんな状況には慣れているといった感じである。


「仕方ありませんな。我々も忙しい身でしてな。あまりこういった無駄話に時間を割くのは好きではないんですよ」


 そう言って男は、目の前に置いてあった古ぼけた箱を手に取る。


「だったら帰れ! すぐに帰れ! もううちに来ないでくれ!!」


「それとこれとは話が別。帰れと言われて『はい、そうですか』と帰るわけにもいかないでしょう。我々も仕事でここにきているのでね。仕事となれば信用が大事なのですよ。ましてや大口の案件だ、速やかに迅速に仕事を丁寧に終わらせないとね」


「仕事って……何を……」


「お金を受け取って口を噤んでいただけないとなると、それなりの仕事はさせてもらわないといけません。料金は前払いでいただいてますのでねぇ」


 そういって古ぼけた箱を頬に摺り寄せると、ニヤリと君の悪い笑顔を見せる男。


「なぁ、〝我愛する子供達(コトリバコ)〟……。我儘な大人には、お仕置きが必要だよねぇ……」


 ニイィっと口角を上げ不気味な笑みを浮かべる戦邊。その顔を見ていると、背筋がゾクッと震え上がる。

 そして隣の女。俺の方をじっと見て戦邊の肩をトントンと叩き、何かしようとする戦邊の行動を止める。


 ……え……? 俺?

 気のせいか?


 いや、間違いなくあの女は俺の方を見ている。


 そう認識した瞬間だった。戦邊と女以外の目の前の風景がピタッと止まってしまった。

 身動き一つ取らなくなった伊刈の両親。

 何だ、いったい何なんだ。

 突然訪れた状況に、恐怖が湧き出てくる。


「貴方、見られているわ。人の心や記憶をのぞき込むなんて趣味が悪いわね」


「ほぅ、陣野静磨がいなくなったと思っていたのに、まだ同じような能力を持っている奴が居るのか。でも、弧乃羽このは、人の心をのぞき込むのは君も一緒だよ。むしろ君の方がたちが悪いんじゃぁないか?」


「私は自分でも趣味が悪いと思っているわよ。でも、こういう仕事をしている上では便利は便利よね。フフフ」


「違いないな。ハハハッ」


「で、とりあず、覗き魔は処理しておかないとねぇ」


 弧乃羽と呼ばれた女はそう言うと、おもむろに左腕を胸のあたりまで上げる。見えてきた手。その指には小さな赤い宝石の嵌め込まれた指輪が見えた。


「白鞘の親族の成す事に無闇に首を突っ込む事が、いかに危険であるか忠告してあげないとね」


「ええ、心しておりますわ……」


 まさか、あれは……。じゃあ、あの男が持っている箱についている宝石も……!


「〝心の中の爆弾魔(マインド・ボマー)〟」


 弧乃羽がこちらを見つつ軽い笑みを見せそう呟いた瞬間、俺の視界が一気に白く光に包まれ元の意識へと強制的に戻されていく。同時に、頭の中に混乱が徐々に生じ、自分が今何をしているのか、何を見ていたのかがわからなくなってきた。


 怖い。怖い。怖い。


 ただ残されたそんな感情だけが、今の自分の頭の中を支配し、すぐにでも逃げだしたい気持ちになってくる。


 逃げる? どこへ。 俺は  どこへ。


 なんだ、何が起こって……。胸に何とも言えない不安だけがふつふつと沸き起こり、今起きている状況から逃げ出そうとしている。


 あれ、俺は……今何を見ていたんだ……?


 今、なにを しているんだ……?


 ◇◇◇◇◇◇



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