5-15-3.淡い光【陣野卓磨】
店に足を踏み入れるも、人の姿は見えない。ここからでは客はおろか店員の姿も見当たらない。だが、奥の方から他の客らしき話し声は聞こえる。何かを探している女性の声だ。会話の内容からして店長ではないだろう。
店長は店内にいるのだろうか。影姫も同じ事を思っているのか、店内を見回している。だが、店内に並べて置かれたスチール製の棚のせいで、入り口からは広い店内全てを一望する事は出来ない。
「本当にいるのか?」
影姫がレジの横にある〝新入荷品〟と書かれたポップの貼られた棚を眺めつつ、ぼそっと呟く。
ポップに書いてある日付は先週の日付だ。棚には食器や小さめの家電等が所狭しと並べられており、手書きの値札がテープで乱雑に貼られている。
「さぁな。奥で品物の整理でもしてんじゃねーの」
そう言いつつ俺も影姫の横に並び同じ棚を眺める。この器は先週倉庫の奥から出てきたって事は、この新入荷品の棚に並べられていたのだろうか。だとしたら、この並べられている品々の中に、他にも記憶が見れる商品があるかもしれない。
だが、買いもしない商品をベタベタ触りまくるのも気が引ける。それこそ店の人に見られたらいい気はされないだろう。
さて、どうしたものか。
「ふーん、再利用品にしてはなかなかいい物もあるな。傷もないし、コレでセットで千円か。安いな」
影姫は棚から接客用のお茶セットから湯呑みを一つ手に取ると、電灯をそれに反射させながら湯呑みを眺めている。蓋付きの少し浅めのその湯呑みには金色の装飾と綺麗な模様が施されている。
「卓磨、書かれている日付が先週になっているし、ここらが新入荷品と言う事は、その器と同時期に並べられた物もあるんじゃないか? 手当たり次第触れば何かあるかも知れんぞ」
そういい湯呑みを棚に戻しこちらを見ると、触れといわんばかりに顎で指図し促してくる。探したいのは山々だが、今は人の目がないとはいえ、いつ突然見つかるかも分かったものではない。やはり、人の目が気になるのだ。
「なぁ、それは店長さんにこの器の事聞いてからにしないか。無駄に触りまくってもあれだ、一応ここに並んでるのは商品だし、買いもしないのに指紋をベタベタとつけるのも……」
「その店長が見当たらないから言ってるんだろう。出来る事からやっていかないと時間を無駄にしてしまうぞ。調べている間に店長の姿が見えればその時聞けばいいだろう。ほれ、触れ触れ」
影姫はそう言うと再び湯呑みを手に取ると、俺に押し付けてきた。
まだ店に入って数分しか経っておらず、ろくすっぽ探しもしないでこれだ。
仕方なくその湯呑みを受け取ると、不思議な感覚が全身を襲い、指に電流が走った様な痛みが襲ってきた。それに驚き、危うく湯呑みを落としそうになってしまった。と言うか、落としてしまった。
「おいっ!」
だが、湯呑みは影姫の咄嗟の行動により受け取られ、床に落ちて割れる事はなかった。反射神経のいい奴が近くにいて助かった。危うく弁償させられる所だった。
「何をしているんだ。しっかりしろっ」
「いや、ごめん。静電気かな……なんか、指にバチッっときたんだ」
「……コレは見た所、陶磁器だぞ。静電気など通すはずが……」
影姫がそこまで言いかけた時、俺が手につけていた月紅石がやんわりとした淡い赤い光を放ち始めた。同じく、いざと言う時の為に鞄の中に入れていた伊刈のスマホもやんわりとした光を放っている。
「お、おい、これって」
「昨日鴫野が出現した時と同じだ……だとしたら……」
影姫がそう言いこちらを見ると、俺の隣に人の気配がした。気配に釣られて隣を見ると、伊刈が立っていた。
伊刈の姿は今までの様な屍霊の姿ではなく、普通の人間そのものである。顔もここに来るまで見ていた写真と同じ顔になっていた。
俺が伊刈の本来の顔を認識した事で、元の姿で出れるようになったようだ。ただ、所々薄く透明がかっている様な気はする。しかし、なぜ呼びもしていないのに、今出てきたのだろうか。




