5-15-2.アルバイト店員【陣野卓磨】
「と言う訳でだ、単にこの器の出所を調べているだけで、桐生さんに手伝ってもらうような事はコレと言ってない。この店で分からなければそれまでだからな。私はそんな事気のせいだといっているのだが、卓磨が怖がって聞かなくてな」
「へぇ……この器を購入してから怪奇現象がねぇ……」
「見て分かるように呪われていそうな品物だろう」
影姫の説明を聞いても、器と影姫の顔を見比べながらで、まだどこか半信半疑な様子である。
というか、俺が怪奇現象に怖がっているって言う設定を無理矢理こじつけるんじゃない。コレでもオカルト研究部に所属しているんだぞ。
にしても、影姫もこういう誤魔化しはあまり得意ではない様で、言葉の端々がたどたどしい部分があった。俺よりはマシだろうが、人一人を信じ込ませるにはまだ幾分か合理性に欠ける。それでも一応桐生は俺達の意図を察してくれたのか、それ以上この器に聞いてくることはなかった。
そして、そんな話をしながら店の前で立ち話をしていると一人の男性がこちらに近寄ってきた。先程まで倉庫の前で作業をしていた男性だ。よく見るとその顔には見覚えがあった。
「あれ、誰かと思ったら桐生さんじゃないか。こんな所で何をしているんだい?」
「あ、砂河さんこそ……。ここでもバイトしてるんですか?」
そう、喫茶おわこんのアルバイト店員である砂河さんである。
こちらに向けられた笑顔はそれはもう爽やかで、俺の中にはなぜか嫉妬と憎しみと言う感情が生まれそうになっていた。だが、そんな事は勿論口や態度に出す訳にもいかない。俺にもこの爽やかさとイケメン顔があれば……。ぐぬぬ。
「ああ。桐生さんがおわこんでバイトするようになってからシフトも少し開いたしね。色々な種類のバイト経験しておきたいし、マスターに紹介してもらったんだ」
「そうなんですか……あ、そういえば砂河さん、友達がコレについて聞きたいらしいんですけど、何か知りませんか? 昨日ご家族の方が購入したらしいんですけど」
そう言って桐生が指差す先には俺の手にある器。偶然ではあるが桐生がいて聞きやすくなり助かったような気がする。
「ん? ああ、君は……喫茶店の方にたまに来る子だね。名前は……なんだったかな。桐生さんに聞いた気もするんだけど忘れちゃったな」
砂河が再び爽やかな笑顔を見せつつ、俺と影姫の方に視線を移す。なんとも輝かしい笑顔だ。
先程まで作業をしており、そこで流した汗をタオルで拭きながら放たれる笑顔はあまりにも爽やか過ぎて、陰キャ寄りの俺から見ると太陽のように眩しい存在に見えてしまった。悲しい事である。
「うっ……」
思わず腕で架空の光を遮ってしまう。空は薄暗く曇っているというのに、ここだけまるで太陽の光が差したかのように俺の目を眩ませて来る。
俺を誘惑してどうするつもりだ。俺にその気はないぞ。
「どうかした?」
そんな俺に当然の如く疑問を投げかける砂河。
影姫はというと、アホらしいと言わんばかりに俺から視線を背け店の方を眺めている。
「あ、えっと、こっちは陣野君です。陣野卓磨君。あっちは陣野影姫さん。二人は姉弟で……マスターの知り合いのお孫さんですよ」
すかさず桐生が、砂河に俺達の紹介をする。砂河は思い出したかのようにこちらを見ると、また爽やかな笑顔を見せる。
「ああ、そうそう、思い出した。前にコーラのストレートを頼んでた……」
妙な所で覚えられてしまっている。あれは霙月が頼んだのであって俺の希望ではない。
「それで、その器についてだっけ? えーっと、それは確か昨日……君がそれを持っているって事は、あれは君のお爺さんかな? が買って行ったんだけど。俺がレジ打ちしたから覚えてるよ」
砂河は腕を軽く組み、こめかみに指をトンと当てると、思い出すように呟いた。
「あ、それはそうなんですけど、それ以前の事が知りたくて」
「以前の事って言うと、入手先とか誰が売りに来たとかそういう事?」
「そうです。記録とかないですかね?」
「あー、俺はそう言う業務には関わってないからなぁ。ただ、それは先週倉庫の奥から出てきたのは覚えてるよ。店長も何年も前に前に引き取った品で奥に押し込まれてたから忘れてたって言ってたし、記録的な物が残ってるかどうかもわからないんじゃないかなぁ。何にせよ、店長に聞かないと分からないと思うよ。俺も他のバイトの人も買取や査定にはあまり関わってないし」
「関わってないという事は、店長が全てその業務を行っているのか?」
「一応社員さんもやってるから全部が全部って訳じゃないけど、遺品系は大体店長かな。何か、遺品系はシビアだから安全な物だけしか買い取れないとか前に言ってたの聞いたことあるし。どういう意味かよく分かんないけど」
砂河は俺や影姫の質問に対して、どうしてこんな質問をするのかと聞きたげな顔はしていたものの、詳しくは聞こうとせずに質問に答えてくれた。
とりあえずここの店長に会って話を聞かないと、何も分からなそうであった。
「ありがとうございます。店長さんは店にいらっしゃるんですか?」
「ああ、店内にいると思うよ。外に出た様子はなかったし」
とりあえず俺と影姫は店の方に足を向ける。
桐生はというと、倉庫の方に代わりの皿に丁度良さそうな物があると言う事で、砂河と共に倉庫の方に歩いて行った。




