5-14-2.奇妙な器の記憶【陣野卓磨】
「だったらあの写真何よ!! どう見てもあなたが女とホテルから出てきてるところでしょ!? 前から怪しいと思ってたのよ!!」
「だから違うと言っているだろう!! 内装工事の下見に部下と行っていただけだと何度言ったら分かるんだ!! このホテルのオーナーはお前も知ってるだろう!?」
映像が見えてくると同時に突然聞こえてきた男女の怒声。その声の大きさといきなりの事で驚いてしまった。
どこかの家のリビングだろうか、テーブルを挟んでソファに腰掛けた男女が向かい合って睨み合っている。
どうやら夫婦喧嘩の様だ。
「嘘よ! 絶対嘘! こんな暗い時間に仕事でそんな所に行くっていうの!? 本当だというのなら証拠を出してよ証拠を! あなたの口だけじゃ信用できないわ!」
「お前という奴は……! 会社の書類を部外者に見せれるわけがないだろう!! それにだ、誰に吹き込まれたか知らんが、こんな写真一枚でそう言う事を信じ込むお前の方がどうかしてるぞ!」
男性はテーブルの上に置いてある写真に手の平を勢いよく叩きつける。その音に女性は少し驚いたのかビクッと身を振るわせた。だが、お互いの剣幕が変わることはなく、依然ピリ付いた空気が漂っている。
よく見ると、女性の方は見覚えのある顔だった。以前呪いの家の鍵の記憶で見た事がある。鴫野の母親だ。
となると、向かい合っているのは鴫野の父親か。
それに気がつき、部屋もよくよく見ると呪いの家の間取のように感じる。なぜ今こんな光景を見せられているのだろうか。呪いの家の事件についてはもう終わったはずなのに。
「もういいっ! もういいわよ! あなたっていつもそう! 何かあったら怒鳴ってはぐらかして!! 怖がらせれば何でも事が済むと思ってるんでしょう!? 私はいつも耐えてきたのに!」
「いつもっていつの事だよ! 俺はそんな覚えはないぞ!」
「いつもはいつもよ! そんな事も気付いてないから……!」
鴫野の母親はそう言うと勢いよく立ち上がり、握る両手の拳を震わせる。そしてドアに向かい早足で歩き出した。
「私……」
「ああ!! 出て行くなら出て行け! どうせ行くアテも無い癖にっ。誰のおかげで今の暮らしが出来ていると思っているんだ! 少し頭を冷やして来い!」
母親は父親のその言葉に、鋭い睨みを返して部屋を出て行ってしまった。そして聞こえる重い足音と玄関が開く音。そんな母親を追いかける事も見る事もなく、父親は再びテーブルに拳を叩きつけた。
テーブルの上に置かれていたものが音を立てて跳ねる。
「クソッ! 誰だ、一体誰があんな写真をうちのポストへ入れやがったんだ! あれは本当に仕事で行っただけだというのに! 先方の都合に合わせたから夜になってしまっただけだと言うのにっ! こんな事になるなら、部下の教育など考えずに一人で行くべきだったっ……」
誰に対して言うでもない、一人叫ぶ父親の声が部屋に響き渡る。そして頭を抱えて俯いてしまった。
「妻も娘も愛している。私の愛する家族は嘉穂と静香だけだ……。クソッ、クソッ、クソッが……誰だ、誰が俺を落としいれようと……」
父親の悲痛な声が耳に入ってくる。
人を襲う赤いチャンチャンコはもういない。赤い部屋ももう消滅した。
だとしたらこの父親がどこかで屍霊になっているのだろうか。しかし、影姫に後で聞いた話によると、鴫野の父親は赤い部屋に殺されたはずだ。影姫の話だと屍霊の手によって殺された人間が屍霊になる事はほぼないという事だった。元呪いの家近辺でもそれらしい事件は起きていない。
だとしたら、なぜ今こんな記憶が……。




