1-13-2.友人達の勘違い【陣野卓磨】
最終更新日:2025/3/12
登校中の通学路。友惟と共にもう見慣れた景色を眺めつつ、歩を進める。
燕と霙月は少し後ろを歩いている。歩幅の違いか、俺と友惟とは少しずつだが距離が開いている。
「そういやクラス別々だったなー」
「そうだな」
「残念だったな。俺は交友関係広いから大丈夫だけど、卓磨は新しいクラスでやってけそうなのか?」
そう、今年は友惟とはクラスが別々になった。この友人がそばにいれば、宿題や急な授業変更などの際に何かと頼りになる存在だったが、クラス替えの決定事項には抗う術がない。内心、どこか寂しさを感じながらも、仕方のない現実として受け止めていた。
「あぁ……まぁ、二階堂と三島がいるから何とか……」
二階堂と三島。痩せ型でなぜか「ござる」口調を使う二階堂と、太っていて常にバンダナを巻いている三島。
二人とも眼鏡をかけ、学年の中でも外見と内面が一致していると一目で分かるヲタクコンビだ。やや騒がしい性格ではあるが、根は気さくで親しみやすい友人たちである。
昨日は兵藤と七瀬が絡んできた影響もあり、彼らとあまり会話する機会がなかった。普段なら新作ゲームについて熱く語り合う時間に充てられるはずだったのに、その機会を奪われたことに少し苛立ちを覚える。
「ああ、あいつ等と一緒なのか」
「おう。担任が田中だから最悪だけどな。あいつ何かと言うと内申点内申点言うだろ。細けーんだよ」
担任の田中。化学を担当する教師だが、生徒たちからの評判は芳しくない。昨年も俺のクラスの担任だったこの人物は、どこか近寄りがたい雰囲気を持ち、二年連続で同じ教師に当たったことは運が悪いとしか言いようがない。
「あー、田中かぁ……そりゃ災難だな。ああいうカタブツは担任を外してくれりゃいいのにな。他の教師から見てても、生徒とうまく行ってないの分かるだろうに」
その意見はもっともだと俺も思う。俺が見た限り、田中は伊刈の虐めを知っていたにもかかわらず、意図的に目を背けていた節がある。
伊刈からは何か相談されていたはずだ。なぜそう考えるのかというと、俺は職員室で二人が話をしている場面を目撃したことがあるからだ。それなのに何の対応も取らなかった姿勢は、教師として最低限の責任を果たしていないと断言できる。無関係を決め込んでいた俺が言うのもおこがましいかもしれないが。
尤も、無関係を決め込んでいたのは俺だけでなく、クラスの他の生徒たちも同じだった。今隣にいる友惟も例外ではない。
裏では「可哀想」と同情する声が聞こえていたが、誰も直接彼女たちに関わることを避けていた。関われば、あいつらの取り巻きに何かされるかもしれないという恐れが、その理由だった。だから、誰もが内心思うことを、本人たちの前で口に出すことはなかった。
「まぁ、副担任が柴島先生だから、まだ救いがあるがな」
柴島先生は日本史を担当する女性教諭だ。文系教師ながら、その若さゆえか体育教師にも引けを取らない元気さを持ち、いつもジャージ姿で教壇に立つ。
小さな悩みから大きな相談まで、快く耳を傾けてくれる姿勢から、生徒たちからの人気も高い。
「あぁ、じゃあ足して二で割ったらプラマイゼロってとこか」
「田中のマイナスのほうが強そうだけどな。副担任ってのはあんまり前に出て来ねぇし」
「違いねぇな。ははっ」
笑いながらそう答える友惟が、急に何かを思い出したかのようにこちらを振り返る。
「そういや、そう。二階堂と三島」
あいつらが何かあったのだろうか。さっきも俺が名前を出した二人だ。
「昨日の晩さ、あいつ等から連絡あってよ。ホレ」
友惟はスマホを取り出し、SNSアプリを開いて画面を見せてきた。そこには件の二人と俺、友惟で構成するグループチャットの画面が映っている。普段はゲームの情報交換やアニメの感想を言い合う場だ。
画面に書かれていた二人のメッセージは以下の通りだった。
『今日陣野殿が女子達と四人で、喫茶店でイチャイチャしているのを見たでござる!』
『ゆゆゆゆゆ許せないんだな! 百本橋電気街のマジカルメイド喫茶で、四人は生涯独身障害孤独、リアル女など僕等の人生に必要ないとの事を誓い合った仲の筈なのに!』
『拙者達の嫁は画面の中だけでござる! リアル女子と絡み合うなどとは言語道断! 愚の骨頂! 下衆の極み! 浮かれ浮かれて悪女共に足をすくわれる姿が目に浮かぶわぁ!』
『烏丸氏! 烏丸氏も裏切り者とは縁を切ったほうがいいんだな! オアアアアアアアアア!!』
『オアアア! でござるよ! まさにオアアアア!!』
などというメッセージが画面を下に送っても延々と続いている。下の方はほぼ『オアアアア!』となっており、もはや意味を成さない状態だ。
全て既読にはなっているが、友惟はそれに対して『なんだ』『どうした』と単語を発したり、イラストメッセージを挟んだりするだけの薄い反応しか見せていない。おそらく、どう対応していいか分からなかったのだろう。
時折挟まれる友惟の薄い反応もお構いなしに、二人は熱を帯びていた。意味不明な叫び声のようなメッセージも多く含まれていたが、そのグループチャットは嫉妬に満ちた空気に支配されていた。
「なんだこれ……?」
その会話を眺めても、騒がれるような行動をした記憶は全く浮かばない。ましてや「イチャイチャ」などという状況が現実だったとは思えない。




