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おんりょうめもりー ~死人達の記憶と刀の少女~  作者: ぎたこん
第一部・第五章(第一部最終章)・すべての真実はヤミの中に
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5-13-1.溝口の悩み【七瀬厳八】

 窓から外を見るとすっかり日も暮れて暗くなっている。

 最近残業続きで、自分でも疲れがたまっているというのが分かる。合同捜査本部への報告資料を整理し終え、課を出て正面玄関に向かう。


 昼に起きた新たな被害者が出た事件のせいで今日は酷く疲れた。早く家に帰り、一分でも多く睡眠を取りたい。


 そんな事を思いつつ休憩室の前を通りかかると、鑑識の溝口が一人俯き椅子に座っていた。見た所、彼女もこれから帰宅するようで既に私服に着替えている。


「溝口、何やってんだ。仕事終わったんなら早く帰れよ。休息を取るのも仕事の内だぞ」


 俺の声に気づきこちらに向けられた溝口の顔は、酷く疲れているようであった。今までに見た事のないくらい疲弊しているように感じられる。


「あ、七瀬さん……お疲れ様です」


 溝口はそう言うと立ち上がり俺に向かって軽く一礼をした。


「早くしないと終電逃すぞ。それとも何か、署に泊まるつもりか?」


「いえ……」


 軽く冗談めいてそう言うも、溝口の顔は依然暗いままで、返事をする声も普段の溝口からは考えられないほど小さなものであった。

 今日の昼の出来事も含めて、最近嫌な事が続いている。気持ちが暗くなるのもわからないでもない。


「七瀬さん、私、やっぱりこの仕事向いてないのかもしれません……」


「どうした、最近やっと慣れてきたってこの前言ってたじゃないか」


「はい……。面識のない赤の他人である被害者の遺体を見るのは……慣れたつもりでした。でも、最近は違うじゃないですか。警備の南雲さんも、経理の笹田さんも、二課の峰岸さんも、交通の柳川さんや長瀬さんも……皆知ってる人ばかり殺されて、その上九条さんまであんな状態になって……」


「それで」


 とりあえず俺は椅子に腰掛け、溝口にも座るようにと促す。

 時には聞いてやることも必要だ。言いたい事を言わせてストレスを少しでも軽減してやるのも上の勤めなのかもしれない。


「怖いんです、特に挽肉事件の方が。何の共通点もない警官達が次々に殺されて、次は自分が狙われるんじゃないかと思うと仕事に集中できなくて。今日も作業中に時々手が震えて……しかも、コレといった物証も見つけられなくて……正直自信も……」


 既に小さかった溝口の声が、だんだんと更に小さくなっていく。


「鑑識課で襲われた時もそうだったんですが、何か得体の知れないものが皆を殺してるんじゃないかと思ってしまって……なんだかこの街、最近変じゃないですか? 急に凶悪犯罪が増えてきて、七瀬さんは怖くないんですか?」


 得体の知れ無いもの、か……。俺は知っているから、知らない人間よりもある程度恐怖は小さいが、溝口みたいに何も知らない人間からしたら未知の恐怖だ。それは恐ろしいだろう。

 勿論俺だって恐怖が小さいと言ってもビビらないくらいに小さい訳ではない。相手は聞く耳持たない人あらざる存在なのだ。あんなものを相手にしていたらいつ命を落とすか分からない。あいつ等に殺される覚悟なんてものも出来てない。


 特に挽肉事件は被害者の遺体が尋常じゃない。十中八九、俺は屍霊だと思っている。そして損壊持ち去りの方もだ。コレだけ証拠や犯人の痕跡が上がらないとなると、こちらも屍霊が関わっている可能性があるのかもしれない。それで身近な人間が次々と殺されているとなると、その不安や恐怖は計り知れないものだろう。


「俺だって怖いさ。犯人は警官相手にあそこまでやってる奴だ。本音で言うと、正直今回の犯人には出来るなら遭遇したくないとまで思ってるかもな。俺にも家族がいるし、そんな家族を残して死ぬ訳には行かないからな」


「……ですよね」


 溝口の小さな返事が、俺の不安を一層かき立てた。

 俺はこの先どうして行くのだろうという疑問が浮かんだ。


「だが、そんな事言ってちゃ駄目なんだよ。一日でも早く両事件の犯人をとっ捕まえて、世間に安心を届けるのが俺達の仕事だ。自分の命を投げ出してまで仕事に打ち込めとは言わんが、出来る限りの事をして一日でも犯人を捕まえる。俺ら捜査一課の仕事は大事だが、お前ら鑑識の仕事はもっと重要だ。鑑識がいなけりゃ俺らだって身動き取れなくなる事だってある」


 溝口は俯き、表情を変えることもなく俺の話をただただ聞いている。


「他の課の奴等は知らんが、一課の奴等は皆鑑識を信用してるし信頼している。証拠が炙り出せなかったのなら、それは犯人の方が一枚上手だったってだけの事だ。後は俺らが足で聞き込みやら監視カメラの確認やらで詰めてくから、自信なくしたとか言うな。もっと自分の仕事に誇りを持て」


「ありがとうございます……」


 溝口はそう言うと立ち上がり、こちらに顔を向けた。その表情は、先程よりかは若干和らいでいるように見える。


「今の所は見えてないが、ウチの署で殺された奴等にも何か共通点があったのかも知れん。溝口に心当たりがないなら、そんなに怯える事はないさ」


 そう言って俺も立ち上がり、溝口に声をかける。


「わかりました……殺されるような心当たりは全くないので、なるべく考えないようにします。何かちょっと元気出てきましたよ。私のつまらない愚痴聞いてもらってありがとうございます」


「いや、なかなか会うタイミングも無いからあれだけど、俺でよかったらいつでも聞いてやるよ」


「フフッ、そんな事の為に二人で度々会ってたら、他の人や奥さんに誤解されませんかね」


「そりゃ困るから、たまににしてくれ。たまに。まぁ、元気出たならいいわ。俺はもう帰るから、溝口も早く帰れよ。じゃあな」


 何だか少し恥ずかしさもあり、そう言って踵を返すと溝口の返事を待つこともなく歩き出す。背後からは溝口の「ありがとうございました。お疲れ様です」という言葉が聞こえてきた。

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